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A-D性能の理論と現実Baker's Best

16ビットA-Dコンバータの理論S/N比は98.08dB。しかし、一般的な16ビットSAR(逐次比較)型A-Dコンバータのデータシートを見ると、S/N比は84〜95dBとなっていることが多い。95dBが98.08dBよりも悪い値であることは確かなのだが、この差をどう理解すればよいのだろうか? 理論値と現実のスペックの関係性について考える。

» 2007年09月01日 00時00分 公開
[Bonnie BakerEDN]

 NビットA-DコンバータのS/N比(信号対雑音比)は、6.02N+1.76〔dB〕という式で表される。この式からいえば、16ビットA-Dコンバータの理論S/N比は98.08dBとなる。ところが、一般的な16ビットSAR(逐次比較)型A-Dコンバータのデータシートを見ると、S/N比は84〜95dBとなっていることが多い。しかも、そのデータシートの冒頭には、「16ビット製品の中で最良のS/N比95dB」といったうたい文句が記載されていることもある。95dBが98.08dBよりも悪い値であることは確かなのだが、この差をどう理解すればよいのだろうか。


 まず、6.02N+1.76〔dB〕という理論式がどのように誘導されたのか考えてみる。デシベル(dB)単位のS/N比は、20×log10(信号のRMS値/ノイズのRMS値)という式で計算することになる。従って、S/N比の理論式を誘導するには、信号のRMS値とノイズのRMS値について知る必要がある。

 信号のRMS値は、その信号が正弦波であるとすると、ピークツーピーク値を2√2で割った値となる。NビットA-Dコンバータであれば、(2N×q)/ 2√2となる(一部近似を用いている)。ここでqはLSB(least significant bit)相当分の値である。

 次に考えるべきはノイズのRMS値だ。A-Dコンバータのノイズは入力信号の量子化に伴って生じ、その過程で、A-Dコンバータ出力はアナログ入力に対して±1/2LSBの誤差を持つことになる。この誤差が一様に分布するなら、そのRMS値はLSBを√3で割った値に等しい。つまり、ノイズのRMS値=±1/2LSB/√3=q/√12となる。

 信号とノイズのRMS値が確認できたので、S/N比の理論式が以下のように求められることが分かる。

 さて、繰り返しになるが、理論値と実際の値の差はどこから来るのだろうか。A-Dコンバータのメーカーはデバイスの試験結果からS/N比を求める。当然のことながら、試験結果には、量子化に伴うノイズのほかに、抵抗やトランジスタなどからのノイズが含まれる。そのような条件下で実際の信号/ノイズのRMS値を求め、それらの比をとったものがデータシートに記載されているS/N比なのだ。

 実際のS/N比が理論値に満たないということで問題になるのは、有効ビット数である。これに関しては、まずTHD(全高調波歪率)の規格に注意すべきだ。この規格は高調波成分の電力の総和と基本波(入力信号波)電力の比率であり、次式で与えられる。

 ここで、HDxはX次高調波の振幅を表す。この式の代わりに、次式で表すこともできる。

 ここで、PSは基本波の電力、POは2次以上の高調波(通常は8次程度まで)の電力である。このTHDは、A-DコンバータのINL(積分非直線性)によって支配的な影響を受ける。

 有効ビット数の評価に当たっては、もう1つ、SINAD(信号/ノイズ+歪)も考慮すべきだ。その定義は基本波のRMS値と、サンプリング周波数の1/2以下(帯域内)におけるDC成分と基本波成分を除く全周波数成分のRMS値の比である(これとは異なる定義もある)。SINADの理論値は、SAR型/パイプライン型のA-DコンバータではS/N比の理論値(=6.02N+1.76)に等しくなる。ΔΣ型A-DコンバータでのSINADの理論値は、6.02N+1.76+10log10(fs/(2BW))となる。ここでfsはA-Dコンバータのサンプリング周波数であり、BWは最大帯域幅である。

 実際のSINADは次式により計算できる。

 または、次式で表される。

 ここで、PSは基本波の電力、PNは全帯域におけるノイズ電力、PDは全高調波成分の電力である。

 A-Dコンバータの理論値と現実の値との差異が問題になることがあれば、次のことを思い出してほしい。すなわち、A-DコンバータがSAR型かパイプライン型かあるいはΔΣ型かといった方式の違いに注意を奪われることなく、また、データシートの冒頭に記載されたビット数にも惑わされず、現実の有効ビット数はS/N比とTHDおよびSINADで決まるということである。

<筆者紹介>

Bonnie Baker

Bonnie Baker氏は「A Baker's Dozen: Real Analog Solutions for Digital Designers」の著書などがある。Baker氏へのご意見は、次のメールアドレスまで。bonnie@ti.com


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