コラム
» 2009年02月01日 00時00分 UPDATE

Signal Integrity:音響理論に学ぶ反射信号の扱い方

[Howard Johnson,EDN]

 Wallace C Sabine博士は、胸ポケットからニッケルメッキが施された安物のピストルを取り出した。そして、それを頭上に掲げ、引き金を引いた。耳をつんざく発射音が観客の頭上で炸裂し、大聖堂の隅々にまで響き渡った。残響は8秒間にもわたって続き、その間に音波は大聖堂の中を数十回も往復した。その後、反響はゆっくりと消えていった。博士は聴衆のほうに向いて、講演を始めた──「お聞きになった残響が、この大聖堂のインパルス応答特性を表している」。

 Sabine博士が、今日に至るまでコンサートホールの設計に大きな影響を与えることになったこの音響理論を提唱したのは1898年のことである。博士はコンサートホールにおいて最も重要な要素は残響時間であると論じた。さらに、残響時間はわずか2つのパラメータによって事前に予測できることを示した。

 2つのパラメータのうち1つは、音波が部屋(空間)の壁(境界)で反射するときの平均減衰率である。もう1つのパラメータは、音波が部屋の中を横切るのにかかる平均通過時間だ。

 例えば、音波が壁や天井、床に達するたびに2dBずつ減衰するとしよう。その場合、30回反射を繰り返した後、音波は60dBだけ減衰することになる。反射から反射までの時間(すなわち、平均通過時間)をTとすると、残響が60dB減衰するまでの時間RT60は30×Tとなる。一般的には、反射係数をr(上の例であれば、値は2dB)とすると、RT60は(60/r)×Tと表すことができる。Sabine博士はこうした理論を練り上げ、それを簡単な数式で表した。

 ここで、Sabine博士が編み出した音響の理論をデジタル信号伝送に応用してみよう。信号が1方向に伝搬する簡単な構造の伝送路について考える。Sabine博士の理論に準ずれば、反射信号(残響に相当)が信号源強度からxdB低いレベルまで減衰するのにかかる時間RTXは(x/r)×Tと表すことができる。ここで、Tは往復の伝搬遅延時間、xは反射信号の減衰量(単位はdB)、rは信号が往復する際の減衰係数(単位はdB)である。なお、減衰係数rには、伝送ラインの両端での減衰係数と1往復の伝搬時の減衰係数が含まれる。反射信号の大きいシステムにおいて、信号が遷移して許容レベル内に安定し、読み出しが可能になるまでの時間はRTXから予測できる。

 ちなみに、大量のデータが行き来する多くの結線が絡み合って構成されたネットワークに対しても、少し解釈を変えれば同じ音響の理論を適用できる。その場合、係数rは各不連続点での平均減衰係数であり、Tは不連続点間の平均伝搬時間だと考えればよい。

 RTXを表す式(x/r)×Tには、x、r、Tの3つのパラメータが含まれている。すなわち、信号品質を改善する上では、これら3つのパラメータに注目して対策を行うことが鍵となる。このことは信号伝送系の構造には依存しない。3つのパラメータそれぞれの対策は、以下のようになる。

・xの低減:シングルエンドのロジック回路で、入力信号のハイ/ローレベル電圧閾(しきい)値の差が大きい(ハイレベルは十分に高く、ローレベルは十分に低くなければならない)場合には、反射波の減衰量として少なくとも20dB以上が必要である。それに対し、差動ロジック回路ではこの閾値が近い値となり、許容される電圧マージンの割合が大きい。そのため、反射波の減衰量は小さくてもよい

 ──音響に例えるなら、強烈な残響を気にせず、完璧な音響特性など要求しないリスナーを満足させればよいのであれば、その建築物の設計は簡単だということである。

・rの増大:伝送ラインの一端あるいは両端を整合終端すると、1往復分の減衰量が顕著に増大する

 ──Sabine博士であれば、「大きな空間での残響を減衰させたければ、分厚いカーテンや垂れ幕で壁を覆い、いすにも音をよく吸収するふかふかの布をかけるとよい」と述べたであろう。このような考えから、現在の巨大な建築物では、音響効果用の天井板や分厚いカーペットが使用されている。

・Tの低減:これは伝送ラインの長さを短縮する、あるいはその誘電率を下げることに相当する。後者の誘電率を下げる方法をとると、信号の伝搬速度が少し速くなり、Tが減小する。いずれの考え方も有効に利用できる

 ──Sabine博士が唱えた数式は、音響学的に見れば、部屋が大きくなるほど制御が難しくなることを教えてくれる。また、もしエベレストの頂上に大きな建物を建てるとしたら、温度が低く、そのために音波の伝搬速度が著しく低下するので、最も制御の難しい建物になるだろう。エベレストの頂上にコンサートホールを建てようなどと、間違っても考えないほうがよい。

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<筆者紹介>

Howard Johnson

Howard Johnson氏はSignal Consultingの学術博士。Oxford大学などで、デジタルエンジニアを対象にしたテクニカルワークショップを頻繁に開催している。ご意見は次のアドレスまで。www.sigcon.comまたはhowie03@sigcon.com。


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