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「金線」の威力を思い知るTales from the Cube

不具合品と正常品、その違いは金色に輝くワイヤーが使用されているか否かのみだった。

» 2009年02月01日 00時00分 公開
[Thomas Black(米Digital Products社),EDN]

 ある医療用画像装置の製造に携わっていたときのことである。その装置は400MHz動作のA-D変換ボードを搭載した大掛かりなものであった。そのボードは初期のECL(Emitter Coupled Logic)部品を多数と、ドイツSiemens社のA-DコンバータIC「SDA8010」を数個使用したものだった。同ICは200米ドルという高価な製品であったため、広くは使用されていなかった。

 回路のタイミングは、RG174型の同軸ケーブルで構成した大型コイル数個から成るディレイラインと多数のECL部品を使用することにより、正確に調整した。この設計は一般的なものだとは言えなかったが、動作は完全だった。


 あるとき、購買部門の管理者から、「もうじき、SDA8010を入手できなくなる」との連絡があった。そこで、ほかのICを使った代替ボードを検討することになったが、技術部門の返事は「ボードの設計には数カ月の時間を要する」というものだった。仕方がないので、暫定的な対応策として、16カ月分の製造に必要な数のSDA8010を購入して備蓄しておくことになった。その装置の受注数量は1カ月に5台ほどだったので、このくらいのまとめ買いは大きな負担にはならなかった。

 ところが、それからしばらくして、海外の医療機器販売業者から大口の注文が舞い込んだのである。これに対応するために、数週間にわたって装置の製造数量が増加し、SDA8010の在庫が不足してしまった。しかし、その時点で技術部門は代替ボードの設計に取り掛かっていなかった。しかも、Siemens社はこのICの製造装置をすでに撤去しており、同ICのウェーハが廃棄寸前の状態で少し残っているだけだった。

 筆者の会社では、あわてて製造工程会議を実施した。その会議では、「ICを自前で組み立てるしかない」といった発言も飛び交った。その時点ではあくまでも冗談だったのだが、代替案がなければ装置の製造を休止せざるを得ない状況にまで追い込まれ、その冗談を現実のものとして実行する以外に方法がなくなった。会社の幹部は、Siemens社からSDA8010のウェーハを購入することに決定した。その購入費用は、実質的には運送費のみの金額で済んだ。

 筆者の会社には、シリコンウェーハから、品質に優れたパッケージング済みのICまでに仕上げる技術はなかった。というよりも、ウェーハのダイシング(切断)用装置とパッケージング用装置を用意することから始めなければならなかった。組み立て後のICの目標はただ1つ、本来のSDA8010と同様に動作することだけとした。

 しばらくすると、本物と見間違うようなICが組み上がってきた。そこで、そのICの試験を行うことになった。残念ながら、試験の結果は最悪だった。組み立て済みのICのすべてにビット落ちがあり、リニアリティは悪く、そのほかにもさまざまな欠陥が存在していたのである。この時点で、すでに装置製造の全面休止が目前に迫っていた。

 筆者は、本来のSDA8010と筆者らが組み立てた不良ICとの間で何が違うのか調べてみようと思い立った。本来のSDA8010と不良ICのパッケージを開封してみたところ、チップとボンディングワイヤーが現われた。両者の違いは、不良ICにはアルミ製のワイヤーが使用されているのに対し、本来のSDA8010には金色に輝くワイヤーが使用されていることだけに見えた。

 そこで、SDA8010に使用されているのと同じ金線によってワイヤーボンディングを行うよう指示した作業仕様書を添付して、幸運を祈りながら、残りのダイを組み立て工場に送付した。

 数日後に、完成したICが届けられた。驚くことに、今度のICは、すべてSiemens社製のSDA8010と同等の特性を示したのである。その後も、高い歩留りでICの組み立てが進み、十分な数を確保することができた。ちなみに、自社で製造したことでICのコストがわずか22米ドルほどになり、百数十米ドル以上ものコスト削減も実現された。

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