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» 2009年12月01日 17時30分 UPDATE

ツールの進化がもたらす開発スタイルの変化:組み込みソフト開発の“主役”は誰に? (1/3)

かつて、組み込み機器用ソフトウエアの開発は、それを専門とする技術者の手で行われていた。しかし、現在は、モデルベース設計ツールをはじめとした設計の抽象度を高めることが可能なツールを利用することで、システム設計者やドメインエキスパートであっても、組み込みソフトウエアを開発できる環境が整いつつある。本稿では、代表的なモデルベース設計ツールとその活用事例などを紹介した上で、組み込み用ソフト開発の現状についてまとめる。

[Rick Nelson,EDN]

進化する組み込み設計ツール

 組み込みソフトウエアの開発に用いられるツールは、以前に比べてよりパワフルかつ高機能になった。最新ツールの登場により、ドメインエキスパート*1)にとっても、組み込みソフトウエアを実装する作業は容易になった。特に、航空宇宙工学、医療機器、メカトロニクス、そしてグラフィックスデザインなどの分野では、そうしたツールが広く活用されている。

 また、最新のソフトウエア開発ツールは、機器に搭載するプロセッサやFPGAを動作させるソフトウエアを自動的に生成する機能を備えている。このような機能の進化が続けば、「組み込みソフトウエアの技術者は不要になり、絶滅危惧種に仲間入りする」などと口にする向きもある。実際、『2008 Embedded Systems Conference』のパネルディスカッションにおいて、「組み込みソフトウエア技術者をはじめとするエレクトロニクス技術者は、ドメインエキスパートに取って代わられるのではないか」という意見が大きく取り上げられた*2)。現在、組み込みシステムの設計プロセスにおいて最も重要な役割を果たしているのは、プロセッサの専門家やプログラマではなく、ドメインエキスパートであるという事実を認識させられる話だ。

 しかし、エレクトロニクス技術者が不要になることはない。多くの場合、ドメインエキスパートとエレクトロニクス技術者は、より複雑になっている製品開発を円滑に進め、できる限り迅速に製品を市場投入するために協力すべき関係にあるからだ。

 米The MathWorks社のフェローを務めるJim Tung氏は、このパネルディスカッションにおいて、「かつては、組み込みシステムの実装に携わる人と、何を実装しなければならないかを知っている人が、互いに話し合うことがなかった。しかし、状況は間違いなく変化しており、すでに双方が協調して行う作業が存在している。消費電力など、何らかの性能要件を満たすのに必要なデバイスを提供するためのノウハウや知見を持つエレクトロニクス技術者と、システム全体の性能要件を把握するドメインエキスパートは、より効率的に協力することができるはずだ」と語る。そして、「当社のモデルベース開発環境を構成する『MATLAB』と『Simulink』は、そうした協調作業を可能にするツールの例だ」(Tung氏)とした。

 また、米National Instruments(以下、NI)社は、組み込みシステム用の設計ツールとして、もともとは計測器のプログラミングに用いられていたグラフィカル設計開発環境「LabVIEW」の展開を推し進めている。NI社の広報担当者は、「医療、ロボット工学、環境保全などの分野では、組み込みシステムの開発を行う上でさまざまな技術的課題に直面する。しかし、そうした課題に対処するために組み込みシステムの専門家を十分に確保できているわけではない。そのため、数多くのドメインエキスパートが重要な役割を担う必要が出てきた。LabVIEWを使って、医療、ロボット工学、再生可能エネルギーの分野において素晴らしい組み込みシステムを設計するドメインエキスパートは数多く存在する。当社は、今後も、ドメインエキスパートや科学者の研究開発を支援し、組み込みシステムを利用しやすくするようなハードウエアやツールの提供を続けていく」と述べている。

LabVIEWの活用事例

 米Alliance Spacesystems社は、NI社のツールを用いて組み込みシステムの設計を成功させた企業の1つである。同社は、NASA(米国立航空宇宙局)向けのロボットなど、メカトロニクスシステムの開発/製造を行っている。NI社でLabVIEWリアルタイム/組み込み製品マーケティングマネジャを務めるShelley Gretlein氏によると、Alliance Spacesystems社のメカトロニクスグループは、航空宇宙、機械工学、電気工学、制御工学などのエンジニアが同一チーム内で協力している、複数の専門分野にまたがるチームである。「純粋な電気工学に関する知見や、組み込みシステムについての豊富な経験を持たない人々が集まって、各用途向けのシステムを構築している」(Gretlein氏)のだという。

写真1腫瘍治療向けの凍結融解壊死療法システム「Visica2」(提供:NI社) 写真1腫瘍治療向けの凍結融解壊死療法システム「Visica2」(提供:NI社) Visica2(a)は、NI社の「CompactRIO」(b)を用いて開発された。

 NI社にとって、組み込みシステム分野への参入はそれまでの開発の自然な流れに沿ったものであった。だからといって、同社は計測分野から距離を置くようになったわけではない。NI社の産業/組み込み技術担当製品マネジャであるTodd Dobberstein氏は、「現在でも、計測はNI社の得意分野だ。当社は創業以来、計測とデータ取得に携わってきた」と述べる。そして、「計測分野における経験が、LabVIEWの設計機能を充実させていくための原動力になっている」と同氏は語る。例えば、Alliance Spacesystems社は、NI社の計測分野の新たな顧客であるとともに、設計においてもLabVIEWの利用を拡大している。Gretlein氏は、Alliance Spacesystems社のグループと協力して、統合されたツールチェーンの構築に取り組んでいる。

 NI社の生物医学部門リード兼組み込みソフトウエアマネジャを務めるPJ Tanzillo氏は、組み込みシステムの設計プロジェクトにNI社のツールを採用した米Sanarus Medical社の事例に言及した。Sanarus社がNI社のツールを用いたのは、腫瘍治療向けの凍結融解壊死療法システム「Visica 2」の開発プロジェクトである(写真1)。

 Tanzillo氏によると、同プロジェクトのシステムエンジニアを務めるJeff Stevens氏は、ドメインエキスパートではなくトレーニングを積んだエレクトロニクス技術者であり、コーディングやハードウエアへの最適化を行うレベルではなく、システムアーキテクチャレベルでの専門知識を持っているという。Tanzillo氏は、「Stevens氏のような技術者は、ロボット工学から医療機器に至るまで複数の分野に自身の能力を適用することができる。その一方で、A-Dコンバータのドライバを開発したり、FPGA向けのHDL(ハードウエア記述言語)コードを記述したりするレベルまでとはいかないが、それらの基盤となる技術を理解している」と述べる。


脚注

※1…(編集部注)製品開発の特定分野にのみ携わっている専門家。本稿では、主にコーディングレベルのソフトウエア開発以外の部分を専門とし、開発工程のより上流に位置する人にこの用語を適用している。

※2…Nelson, Rick, "Engineers to be supplanted by domain experts?" Test & Measurement World, April 21, 2008, http://www.tmworld.com/blog/640000064/post/280025228.html


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