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無線システムの通信距離を確保する設計の基礎/ポイントから、RFフロントエンドICの動向まで(1/3 ページ)

最新の無線通信規格を採用した機器を開発する場合、通信距離を確保するためには、送信器と受信器の末端部分に当たるRFフロントエンドの設計が重要となる。本稿では、まず、RF回路の設計に必要となる基礎知識についてまとめる。その上で、通信距離を確保するための設計上のポイントや、RFフロントエンドICの最新動向などを紹介する。

» 2010年09月01日 00時00分 公開
[Paul Rako,EDN]

混雑する無線通信帯域

 無線通信の技術が進化したことにより、その通信に用いられる高周波数(Radio Frequency:RF)の帯域は混雑の度合いを増している。免許を取得することなく利用できるISM(産業/科学/医療)帯などの存在も、こうした状況に拍車をかけている。

 現在は、より多くの種類の無線通信波が同じ帯域を共有するようになった。そのため、通信時における干渉の問題が発生しないように、スペクトル拡散型プロトコルの採用が広がっている。また、FHSS(周波数ホッピングスペクトル拡散)やDSSS(直接シーケンススペクトル拡散)など、複数の無線通信波を同じ周波数で共有できるようにする通信方式も広まっている。しかし、これらの技術を活用したとしても、無線通信間における干渉は発生する。そして、干渉の影響は通信距離の低下となって現れる*1)。ある程度の数の無線通信が同じ周波数帯域を共有するようになると、確実に無線通信を行えるチャンネルの数が減少するので、どうしても通信距離が短くなってしまうのだ。

 無線通信の通信距離を確保するには、送信信号の強度と受信器の感度を高めることが肝要である。具体的には、RFエネルギーをより狭い角度に集約することができる指向性アンテナを用いたり、送信器の電力と受信器のゲインを大きくしたりすることによって、通信距離の延伸を実現できる。ただし、指向性アンテナについては、多くの無線通信では全方向性(無指向性)のアンテナを用いるため、利用できる場面は限られてくる。特に、携帯機器に用いられている無線通信では、全方向性のアンテナを使うことが多い。従って、残された選択肢は、送信器の電力と受信器のゲインを大きくするという手法になる。これには、送信用のパワーアンプと受信用の低ノイズアンプによって信号を増大させることが必要になってくる。

RF設計の難しさ

 RFに関する回路設計は難しい。中でも、パワーアンプの設計は、ほかの多くの作業よりもさらに要件が厳しいことが多い*2)。RF関連の技術者は、時間領域の手法は用いず、周波数領域の解析によって問題を解決することがほとんどだ。米Agilent Technologies社の「Advanced Design System(ADS)」、米AWR社の「Microwave Office」、米Ansoft社の製品など、専用の設計ツールを用いることで、RF設計の複雑さを軽減することが可能になる。

 これらのツールの使い勝手は日々向上している。しかし、技術者には、RF設計の原則など、さまざまな知識が必要とされることに変わりはない。材料の選択やインピーダンスの制御までをも含めたプリント配線板(以下、基板)の設計も、RF設計とその通信性能を確保する上で重要な要素になる。回路が互いに影響を及ぼし、通信性能が低下したり、許容できないRFI(RF干渉)が生じたりするため、トレース長やトレース幅に注意して、接合部のインピーダンスを制御する必要がある。

 堅牢な設計を維持し、FCC(米連邦通信委員会)の規制に準拠するには、専用のシグナルインテグリティツールが必要だろう*3)。シグナルインテグリティツールを利用することによって、基板上の回路のレイアウトを決定する前にシステムの性能を予測したり、最終的な回路レイアウトが意図した設計を反映しているかを検証するポストレイアウト評価を行ったりすることができる。

 RF回路のプロトタイプ作成も困難な作業である。RF回路のプロトタイピングでは、配線後の見た目から「Dead Bug」や「Air Ball」と名づけられている手法を、決して使用してはならない*4)。まず、基板の形状、サイズ、機能を、機器を市場投入するときと同じにして、基板の仕様を定めておく必要がある。そうしておけば、基板のサイズと厚さを制御することで、機器の製造期間全体を通して基板トレースのインピーダンスを予測できるようになる。

 プロトタイプを構築したら、次に必要となるのは高性能な試験装置だ。高精度の信号発生器やスペクトルアナライザは高価だし、RF信号パスの振幅と位相の両方を測定できる優れたベクトルネットワークアナライザの価格は、技術者の年棒と同じくらいにもなる。

写真1 米BoontonMeasurements社のグリッドディップメーター「Model59」(提供:無線愛好家のKenBlume氏) 写真1 米BoontonMeasurements社のグリッドディップメーター「Model59」(提供:無線愛好家のKenBlume氏) 経験豊富な技術者であれば、高価な最新の試験装置ではなく、1947年に発売されたこのModel59を用いることでもRF回路を設計することができる。

 RFシステムの設計は、経験豊富な設計者が担当するべきだ。似たような設計を過去に経験していれば、高コストの設計手法や設計ツールがなくても、最小限の試験装置で切り抜けられる可能性が高い。経験の浅い技術者ならば、最高級の試験装置がなければ作業を行えないのに対し、経験豊富なRF技術者は、旧式のグリッドディップメーターしか使わなくても、設計のすべてにわたってデバッグすることもなく、回路を動作させることができる場合が多い(写真1)。米Texas Instruments(以下、TI)社でプログラムマネジャを務めるMark Grazier氏は、「RF関連の顧客の中にも、デジタル回路やファームウエアの設計を専門とする人が数多く存在する。個別部品のリファレンス設計とBOM(部品表)を与えられても、彼らは設計で求められている通信距離を実現することができない」と指摘している。「そのような顧客は、当社が開発したRFフロントエンドICを用いて、それにアンテナや整合回路を追加するほうがうまくいく」と同氏は述べる。

 以上のことから、RF設計が簡単な作業ではないことをご理解いただけたのではないか。専用の設計ツール、基板の設計ツール、シグナルインテグリティツール、プロトタイピングツール、高価な試験装置、これらのすべてが必要であることからも、RF設計が非常に困難なプロジェクトとなることは推察できよう。

通信波はアナログ

 無線通信の通信距離を確保する方法について考える場合、通信に用いるRF信号が常にアナログであることを意識しておく必要がある。携帯電話、Wi-Fiを使ったホットスポット、ZigBeeなどのように、無線通信プロトコルが高レベルの層でデジタル信号を扱う場合でも、無線通信波はアナログの領域にある。アンテナから伝送される通信波は、すべて正弦波を基本とする。その周波数は、アナログFM(周波数変調)伝送では上下するし、FHSS伝送ではホッピングするし、DSSS伝送では拡散する。RF信号パスの設計には、分圧器からフーリエ変換に至るまで、アナログ回路の設計手法に対する理解が必要だ。

 最新の無線通信規格を取り扱う上で課題の一つになるのが、それらの新技術では、高度な変調方式を利用することによって、アナログ信号による伝送ビット数を増加させている点である。これは、周波数3kHzの電話回線上で通信速度が56キロビット/秒のモデムを用いるときに、伝送ビット数を増加させる方法に似ている。FMなどのアナログ変調方式は、波形のゼロクロス点にすべての情報が含まれるので、線形信号アンプは必要としない。ゼロクロス点にさえ影響がなければ、正弦波に歪(ひずみ)があってもかまわないわけだ。一方、新しい無線通信規格の変調方式では、周波数帯域幅の1Hz当たりで4ビット、8ビット、または16ビットの情報を伝送する。電話回線用のモデムと同様に、任意の時点のRF信号波形のアナログ値をデジタル値に対応付けることにより、これを実現している*5)。そのため、RF信号の包絡線が重要であり、送信器には線形性が必須ということになる。


脚注

※1…Rako, Paul, "Hop, jump, and spread: wireless machine-to-machine interfaces," EDN, June 7, 2007, p.52

※2…Welch, Eric, "Designing a short-range RF link into a consumer-electronics product," EDN, July 8, 2008

※3…『ツールで確保するシグナルインテグリティ』(Paul Rako、EDN Japan 2010年7月号、p.28)

※4…『プロトタイピング――着手の前に知っておくべきこと』(Paul Rako、EDN Japan 2009年4月号、p.30)

※5…Langton, Charan, Intuitive Guide to Principles of Communication, "All About Modulation," a Complex to Real tutorial


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