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復元マシーンSignal Integrity

» 2011年05月01日 00時01分 公開
[Howard Johnson,EDN]

 「伝言ゲームという遊びがあるよね」。筆者は、友人のChris "Breathe" Frue氏に語りかけた。「1つのフレーズを次の人に順に伝えていくと、まったく異なる内容に変わってしまうことがある。このゲームでは、どこかでいったん情報が失われると、それを回復することはできない。でも、線形な電子回路であれば、このようには動作しない」。

 これを受けて、「それは、時不変性システムで発生した信号の歪(ひずみ)は何らかの処置で修復できるという意味かい?」とBreatheは尋ねてきた。

 「限られた範囲にはなるけど、そのとおりだ」と筆者は答えた。「それが線形時不変(LTI:Linear Time Invariant)処理の優れたところで、各種のイコライザを理解するための要点でもある。ほぼすべての線形処理では復元が行える」。

 「ほぼすべて、ということだけど、復元できないものには、どんな例があるの?」とBreatheは聞いてきた。

 「オーディオ分野を例にとると、グラフィックイコライザで1つの周波数帯域を少し減衰させても、別のイコライザで元のレベルまで復元することができる。だけど、最初のイコライザでゲインをゼロにして、1つの帯域を完全に抑圧してしまったら、その操作を取り消して元に戻すことはできない。その帯域に関する情報が完全になくなってしまうからだ」と筆者は答えた。

 「じゃあ、復元できるものの例を挙げてみてくれ」とBreatheが言った。

図13カ月移動平均と復元の処理 図13カ月移動平均と復元の処理 

 筆者は、「3カ月移動平均について考えてみよう。これは、投資アドバイザが投資先の利益の変動を滑らかにするために利用しているものだ」と言いながら、図1の左半分を描いた。「XN−1とXN−2の箱は、それぞれある時点のデータを保持する。各データは1カ月ごとに下向きの矢印のように進む。右向きの矢印の上に書いた+1という数値は乗算係数を表している。このマシーンでは、各月、つまりは1つのステップで、入力信号列の左から3つの値を合計し、3で割るという処理を行う。その結果が3カ月移動平均だ。このマシーンに単一のインパルス、つまりは{1, 0, 0, 0,……}という信号列を入力すると、どのような結果になると思う?」。

 Breatheは、図に1や0という値を書き込みながら考えを口にした。「最初のインパルスは、後から次々にデータが入ってくるに連れ、XN−1の箱、 XN−2の箱へと移動する。最初の3つのステップでは、合計は等しく1になる。その後も0が入力され続けると、インパルスは箱から出て行ってしまう。点線の境界を越えて出力される値は、1/3、1/3、1/3と続き、以降は0になるはずだ」。

 「そのとおり。では、このマシーンに既知ではない数値列が入力された場合、その出力を調べることで元の数値列を復元することはできるだろうか?」と筆者は問い掛けた。

 Breatheは少し考えてから言った。「1番目の値は簡単にわかる。3で割っているだけだから、単に3を掛ければいい。2番目の値もそれほど難しくない。マシーンの出力は1番目と2番目の値の合計になっているから、1番目の値を合計から差し引けば、2番目の値が求められる。その後は、ややこしい」。

 「そこから先は続けよう」と筆者は言って、図の右側を完成させた。「これが元の数値列を復元するマシーンだ。この復元マシーンにも、左側のマシーンと同じ数の箱を用意する。まず入力数値に3を掛けて、XN−1、XN−2の箱に順次データが流れていく。乗算係数は図のとおりだ。いずれの箱にも最初は0が保持されているとして、このマシーンの出力がどうなるか考えてみてくれ。元の入力信号列とまったく同じものになることがわかるだろう」。

 「素晴らしい!」。Breatheは興奮気味に尋ねてきた。「君はどのようにして、こんなことを思いついたの?」

 「これは私が考えたものじゃない。よく使われるフィルタ回路の構成だ。遅延素子と分岐経路、乗算係数(スケーリングファクタ)を適切に用意すれば、望ましくないオーディオ残響を除去したりすることができる。私が専門とする分野では、デシジョンフィードバックイコライザ(判定帰還型等化器)が同様に構成されている。このような機能を高速シリアルトランシーバに適用すれば、長いバックプレーン伝送路によるパルス波形のなまりなどを修復することができる。つまり、ある種の線形時不変回路の影響を打ち消し、信号を復元することが可能になるのだ」*1)

<筆者紹介>

Howard Johnson

Howard Johnson氏はSignal Consultingの学術博士。Oxford大学などで、デジタルエンジニアを対象にしたテクニカルワークショップを頻繁に開催している。ご意見は次のアドレスまで。www.sigcon.comまたはhowie03@sigcon.com。



脚注

※1…Bingham, John AC, Theory and Practice of Modem Design, John Wiley & Sons, 1988, ISBN 0-471-85108-6


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