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» 2011年07月01日 00時01分 UPDATE

エアバッグジャケットがバイク事故から身を守る

 バイクの運転中、事故に遭遇し、ハンドルを飛び越えて身体が前方に投げ出される。アスファルトの路面やコンクリートの縁石、あるいは走行中の自動車などに叩きつけられ、大きな衝撃のなすがままに……バイクのライダーにとって、このような光景を想像するのは非常に恐ろしいことである。しかし、このような恐怖から解放される日も近いのかもしれない。

[Automotive Electronics]

 バイクの運転中、事故に遭遇し、ハンドルを飛び越えて身体が前方に投げ出される。アスファルトの路面やコンクリートの縁石、あるいは走行中の自動車などに叩きつけられ、大きな衝撃のなすがままに……バイクのライダーにとって、このような光景を想像するのは非常に恐ろしいことである。しかし、このような恐怖から解放される日も近いのかもしれない。バイクの事故に伴う物理現象を詳しく調査し、バイクウェアによる解決策を提示する企業が現れたのだ。

 バイク関連用品メーカーのフランスBering社は、エアバッグとしても機能するジャケットの販売を開始した。このジャケットは、事故を知らせる信号を受け取ると、内部がヘリウム(He)ガスで満たされるというものである。つまり、路面などへの衝突からライダーの体を保護するクッションへと姿を変えるのだ。同社広報部門のFrancis Nicolas氏は、「われわれは事故そのものを防止することはできない。だが、ライダーの身体を守るバイクウェアなら提供できる。そのために最適なものとして考えたのが、エアバッグジャケットだ」と述べる。

 実際、バイクウェアを使った安全対策は、最も理にかなったものだと言えるかもしれない。自動車やトラックの場合、ドライバーは、周囲を覆われた比較的安全な車室内で固定されている。一方、バイクのライダーは、弾丸やロケットの外側につかまっているようなものだ。

 バイクの事故に対処するための製品は以前から存在していた。だが、Bering社が発売した新しいジャケットの場合、世界で初めてワイヤレス通信機能を利用するという点で既存品とは大きく異なる。また、エアバッグを展開(作動)させるか否かの判断をバイク本体で行うという方式も、この製品で初めて採用されたものだ。

自動車とバイクの違い

 エアバッグジャケットは、Bering社以外の企業も開発している。しかし、それらのジャケットは、いずれもバイクとの間をケーブルで結ぶ必要がある。そして、ライダーの体が宙に浮いたことを感知し、それを衝突の瞬間が迫っているか否かの判断材料にしている。

図1エアバッグジャケットとバイクの連携(提供:Freescale Semiconductor社) 図1 エアバッグジャケットとバイクの連携(提供:Freescale Semiconductor社) 

 それに対し、Bering社のエアバッグジャケットでは、ワイヤレス通信を利用することでバイクとの連携が実現される(図1)。エアバッグを展開するかどうかは、衝撃と制御不能の状態を検知することで判断される。Bering社は、このエアバッグジャケットのために、自動車向けの製品を長年供給してきた米 Freescale Semiconductor社と共同で、バイクの衝突と転倒のそれぞれを検知する専用モジュールを開発した。バイクのフォーク部分に取り付ける6チャンネルの衝突検知モジュールは、それぞれ2個1組の2軸加速度センサーと1軸加速度センサーを使い(いずれも冗長性を持たせるためにペアで使用する)、3つの軸方向の減速度を監視する。これらの加速度センサーは、衝撃を検知すると、モジュールが備える8ビットマイコンにアナログ信号を送信する。このアナログ信号はデジタル信号に変換され、CAN(Controller Area Network)バスを介して、モジュールからハンドルバー上にあるインターフェースモジュールへと届けられる。このデータは16ビットマイコンに読み込まれ、条件判定アルゴリズムによって処理される。その結果は、エアバッグを展開すべきかどうかの判断に使われる。エアバッグを展開すると決定した場合には、インターフェースモジュールから、無線リンクを使ってエアバッグジャケットに命令が送られる。

 20年前に技術開発が始まったころからエアバッグにかかわってきたFreescale社によると、衝突の検知に用いるセンサーとしては、自動車用と同じものを使用しているという。同社で自動車向け技術マーケティングを担当するMatthieu Reze氏は「バイクでも、ニーズそのものは自動車の場合とほとんど変わらない。われわれは自動車メーカー向けの製品に長く携わっているので、何が必要なのかはよくわかっている」と述べる。

 だが、Freescale社の技術者らは、オートバイ用のエアバッグに特有の課題があることに気が付いた。衝突の検知に用いるセンサーが衝撃を監視している間、シートの下にある転倒検知モジュールは、制御不能な状態が発生していないかどうかを監視している。このモジュールは、2軸加速度センサーと8ビットマイコンを使って、車体が傾斜しすぎていないかどうかを判定する。ここでBering社は、従来の自動車向けとは異なる技術を採用した。自動車では主にヨー角(偏揺れ角)が監視の対象となるが、バイクではチルト角(傾斜角)が問題になるからだ。この監視機能を搭載するには、事故に結び付く制御不能な状態とはどのようなものなのかを詳細に調査する必要があった。Reze氏は、「Bering社は、プロのライダーを使ってテストコースで実施するさまざまな試験を考案した。ライダーにとって許容可能な角度はどこまでで、どこからが制御不能になるのかを見極める必要があったからだ」と説明する。

 バイクの傾きが、制御不能として判定される設定角度を超えると、転倒検知モジュールがそれを検知する。そして、衝突検知モジュールの場合と同様に、転倒検知モジュールも、CANバスを介してハンドルバー上のインターフェースモジュールにデータを送る。同モジュールは、衝突検知、転倒検知の各モジュールからのデータに基づいて、エアバッグを展開するかどうかを決定する。

 エアバッグを展開する場合には、インターフェースモジュールが無線送信機を使って命令を送信する。そして、ジャケット内の8ビットマイコンがこの命令を受け取ると、エアバッグの展開が始まる。

 エアバッグの展開は、ジャケット内部にある金属製のHe格納容器に取り付けられた小さなバルブを開くことによって始まる。バルブが開くと、ジャケットの裏地の内部が、21リットル分の低温Heガスで満たされる。Bering社は、Heガスを採用した1つの理由として、自動車用のエアバッグでよく使われる火薬を用いる方式では、ジャケットの着用者が火傷を負う可能性があることを挙げている。

 このエアバッグは、自動車用のエアバッグのように0.5sだけ空気が満たされるというものではない。バイクから投げ出されたライダーを保護するために、 6sにわたって膨らんだ状態を維持する。Bering社によると、事故発生からエアバッグが完全に展開するまでの時間は、わずか80msだという。

市場の反応

 2010年11月、Bering社は、このエアバッグシステムをフランス国内で発売した。価格は1セットが約590ユーロ(約6万8000円)で、これまでに約500セットが売れている。この製品は後付け品として販売されることから、Bering社は、電子部品サプライヤのフランスTecno Globe社と提携し、バイクへのモジュールの設置と、バイクとジャケットを連携動作させるためのプログラミングを同社に依頼した。Freescale社のReze氏は「このエアバッグジャケットは、3種のモジュールとセットで販売され、個人で設置することはできない」と述べている。

 Bering社では、このエアバッグジャケットが、欧州で人気上昇中の小型のスクータ/バイクの普及を良いタイミングで後押しできるものだと考えている。同社のNicolas氏は、「フランス国内には、小型のスクータとバイクがあふれている。必要な知識を持っていない人、中には免許を持ってない人までもが乗っていることも多い。このような人たちに対して当社ができる最善の仕事は、安全装置を提供することだ」と語る。

 現在、このエアバッグジャケットはフランス国内のみで販売されている。Nicolas氏によると、このジャケットのエアバッグは、交換が必要になるまで複数回にわたって展開することができるという。バイク1台につき、同乗者の分も含めて2着まで購入可能だ。

 Nicolas氏によると、Bering社では、2輪車メーカーに対して、新車の段階でこの技術を採用することを提案している。「メーカー各社と、可能性について協議している。最初に川崎重工業から反応があったが、現段階ではどうなるかわからない」(Nicolas氏)という。

 Bering社と多くの2輪車メーカーは、この新技術に対する今後の消費者の反応に注目している。Nicolas氏は、「まずはフランス国内で様子を見たい。国内で好調であれば、海外にも輸出したい」と述べている。

(Design News誌、Charles J Murray)

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