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デジタル制御電源を学ぶ(1) デジタル電源は何がどう「デジタル」なのかDesign Hands-on(2/2 ページ)

» 2012年01月17日 07時30分 公開
[増田浩一,新日本無線]
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電源回路の動作をイメージしよう

 ここまででも簡単に説明したが、電源とは、交流電源や直流電源を入力として、出力につながる負荷が安定して動作するように、所定の電圧や電流を維持しながら負荷が必要とする電力を供給するものだ。電源の基本的な回路構成は、「主回路」と「制御回路」の2つに大きく分けられる。主回路は、制御回路から操作量の指示を受けて、電力変換を実行する回路である。一方、制御回路は主回路から得られる情報を元に、電力をどのように変換するかを判断し、操作量を求める機能を受け持つ。

 それでは、「出力電圧=入力電圧×操作量」となる主回路を想定して、制御回路の役割を考えてみよう。操作量を固定した(制御していない)状態では、入力電圧が変動するとそれに連動して出力電圧も変動してしまう。

 この変動を抑制するには、出力電圧を観測し、それを所定の電圧と比較して高ければ出力電圧を下げ、低ければ上げるように、変動に応じて操作量を変化させる(制御する)という手法が一般的だ。さらに、入力電圧×操作量が常に一定になるように操作量を変化させる方法も考えられる。実は、後者の実現には除算が必要になるが、デジタル制御ICでは比較的簡易な処理で除算を実行可能だ。

 次に、実際の電源回路を見てみよう。図2に示したのは、スイッチング電源の基本構成の1つであるバックコンバータ(直流−直流の降圧変換)回路だ。図1の回路もバックコンバータだが、整流方式が異なる。この図2は、ダイオード整流を使ったもので、回路をより簡略化できる。

図2 図2 バックコンバータの基本構成 (クリックで拡大)

 図2中のコイルLに流れる電流は、トランジスタQの時比率(オン状態とオフ状態を切り替えるスイッチング周期に対するオン時間の比率)で決まる。制御回路は、コイルLの電流をコンデンサCで平滑した出力電圧Vが所定の電圧になる(出力電圧Vを一定の比率で分圧した電圧が、基準電圧VREFに等しくなる)ように、この時比率を制御するわけだ。また駆動回路は、時比率に相当する矩形波(実際にはPWM信号)を電力増幅してトランジスタQのオン状態とオフ状態を切り替える。

 従来この時比率の制御には、もっぱらアナログ信号処理が用いられていた。すなわち制御回路の実態は、アナログIC(オペアンプ、コンパレータ)と受動素子(抵抗、コンデンサ)を組み合わせたアナログフィルタだった。この方式では、受動素子の定数が固定されるため、アナログフィルタの伝達特性(図中、Gc(s)と示した部分)も固定されてしまう。

 また、図2では示していないが、実際には時比率の制御回路とは別に追加回路が必要になる。出力電圧が所定の値に達するまでの起動・停止シーケンスや、過電圧状態や過電流状態を検出した時の保護・復帰シーケンスなどをつかさどる回路だ。その他にも、部品のばらつきや、温度変化・経年変化、回路接続時のインピーダンス整合などを考えると、電源制御をアナログ信号処理で実現する場合、多機能化・高機能化するほど追加回路が増えてしまい、部品点数も多くなるため、電源回路の開発段階で考慮すべき事象が指数関数的に増加するといえる。

デジタル制御も段階的に進化

 ここで、電源制御のデジタル化が段階的に進歩してきた歴史を振り返ってみよう。

 最も初期のデジタル化は、シーケンス処理など制御状態を遷移させる処理をデジタル化するというものだった。純粋なアナログ回路では、基準電圧や矩形波出力タイミングなどの値は固定されていたが、アナログ回路にロジック回路やマイコンを組み合わせることで、そうした値を可変にした。電源回路では、時比率の操作量を数十kHzから数MHzの周期で更新しなければならないが、当時のマイコンは今に比べると性能が低く、操作量をこの周期で計算することはできなかった。

 しかし、半導体プロセス技術の進展を追い風に、デジタル制御ICのコスト対性能比は飛躍的に向上した。現在では、操作量の更新周期が長い低速スイッチングの電源回路なら、マイコンを使ってソフトウェア処理で時比率を制御することが可能である。更新周期が短い高速スイッチングの電源回路でも、専用ロジックICによるハードウェア処理で時比率を制御できるようになっている。このように、現在では完全なデジタル制御が実現された。

 また近年では、デジタルシグナルコントローラ(DSC)と呼ばれるデジタル制御ICも登場している(図3)。これは、マイコンと数値演算性能の高いDSPの特徴を合わせたハイブリッド型DSPで、DSPマイコンとも呼ばれており、現在では数百円で入手することが可能だ。こうしたデジタル制御ICの登場により、ソフトウェアによるデジタル制御で対応できるスイッチング周波数もどんどん高くなっている。例えば、新日本無線のDSC「NJU20011」は、最大で約1MHzのスイッチング周波数に対応でき、実用レベルでも数百kHzを達成している。

図3 図3 デジタルシグナルコントローラの基本構成 (クリックで拡大)

回路構成要素レベルでもメリットあり

 本稿の前半で、ある1つの視点から、電源の制御をデジタル化するメリットについて考えた。ここでもう1つ別の視点、つまり回路の構成要素という観点から、そのメリットについて考えてみよう。

 図3は、デジタル信号処理を扱うDSCのハードウェアの基本構成を示している。アナログ信号を数値化するA-D変換器、時比率の制御ルールをソフトウェア化したデジタルフィルタや可変パラメータを記憶するメモリ、数値化したデータにデジタルフィルタ処理を施して時比率を導出するCPU、導出した時比率から矩形波を出力するPWM波形生成器で構成され、そのうちCPUについては、乗算器やALU(加減算、論理演算)、バレルシフタ(論理シフト、算術シフト)など、デジタル信号処理に必要な回路を搭載している。

 デジタル信号処理では、A-D変換器や乗算器/ALUなど、メモリを除く回路は時分割で使用する。先に述べたように多機能化/高機能化するほど追加回路が増加するアナログ回路と比較すれば、このデジタル方式は多機能化/高機能化するほど回路を経済的に利用できるようになるため、電源回路の小型化につながる。

 特に、DSPを備えるCPUは、メモリとの複数データ転送や複数演算器の並列動作により、演算に関わる回路の稼働率を上げることで処理時間(CPUクロック幅×サイクル数)を短縮できるため、マイコンに比べて高いスイッチング周波数に適用できる(図4)。その他、ソフトウェアによるデジタル制御では、電源システムの多種多様な要件に対してソフトウェアの変更のみで対応できるため、ハードウェア開発を伴う専用ICに対して開発期間が短いという利点がある。

図4 図4 デジタルフィルタの記述例(CPU依存言語) (クリックで拡大)

 電源の制御に限らず、一般にデジタル化のメリットは、フィルタの伝達関数が比較的容易に変更できる、温度変化/経年変化による品質劣化がない、回路不全による誤動作が無く特性の再現性が良い、補正も含め製品バラツキが少ない、同じ構成要素で新しい理論が実現できることなどが挙げられる。通信やオーディオ/ビジュアル、モーター制御などの分野では、デジタル化によって技術が大きく進歩した。電源の制御でも、デジタル化の恩恵を享受できるだろう。

 また、電子計算機とその上で動作する数値演算ツールの進歩/普及により、多くのアナログシステムで数学モデル化とシミュレーションが盛んになり、デジタルフィルタの開発が効率良くできるようになった。電源制御においても、同様の進歩が期待できる。特に、ソフトウェアによるデジタル制御はデジタルフィルタの実装が比較的容易なため、数学モデルから効率良くソフトウェアを作成できるようになれば、デジタル電源の普及はますます加速するはずだ。

 次回は、「導入編その2」をお届けする。実践編に入る前の準備として、デジタル制御ICの特徴について詳しく解説する。

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