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電子立国ニッポン再生のカギは“SiC技術”だ半導体ウォッチ(1/3 ページ)

今回は日本産業界にパラダイムシフトを引き起こすSiC(炭化シリコン)パワー素子について触れる。

» 2007年10月01日 00時00分 公開
[豊崎 禎久ジェイスター株式会社]
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@IT MONOistで掲載された記事を転載しています



 今回の半導体ウォッチの候補テーマは、時節柄いくつかあった。例えば、日本のエレクトロニクス企業で始まった業界再編のシナリオ(三洋電機による子会社の三洋半導体の売却、ソニーのロジック事業撤退と長崎テクノロジーセンターのFab2売却、NECエレクトロニクスに対する外資ファンドの敵対的買収劇、京セラによる三洋電機の携帯電話事業の買収など)、次世代DVDフォーマット戦争における日本企業同士のバトル、その背後の米国戦略などである。

 技術者の皆さんにとっても、これらのテーマは非常に気になるだろうが、次回以降に取り上げていく。

 筆者が日本企業に提唱している最重要の新産業分野は、

  • ユビキタス・ネットワーク・センシング
  • ヘルスケア
  • 次世代自動車
  • デジタルパワー制御&素子
  • 新エネルギー

であるが、今回は日本産業界にパラダイムシフトを引き起こすSiC(炭化シリコン)パワー素子について触れる。

日本の若き技術者は、SiC開発に夢をかけよ

 SiCへの期待は大きく、最近の研究・開発の進展は目覚ましいものがある。この分野は、米国クリー(Cree)社が技術先行しており、日本もSiC単結晶が製造・販売され、試作段階では、4インチ・6インチ型ウェハ開発事例が報告されている。産業技術総合研究所のSiCプロジェクトなどでは、デバイス作製の要素技術が開発され、素子の試作も進んでいる。日本の産業界は、SiCパワー素子の実用化を目指し、適用されるアプリケーション分野と量産が具体的に見えてきた。

 SiC技術は電気エネルギーの有効活用(省エネルギー)を実現するため、これによって新しい産業が創出される可能性は高い。日本がこの技術を発展させ、今後のパワー技術面でのパラダイムシフトを引き起こせれば、日本が世界でイニシアティブを取ることも夢ではないと、筆者は堅く信じている。SiC技術は新エネルギーという視点から、新産業を創出する国家戦略の中核となり得るハイテク技術である。

 石油の海外依存度が90%に及ぶ日本にとって、省エネルギー技術の確立は、非常に重要な課題である。2007年7月16日に新潟県を襲った「新潟県中越沖地震」で、東京電力の柏崎刈羽原子力発電所が火災や放射性物質漏れなどの大きな被害を受けた。エネルギーの安定供給の観点で考えた場合、日本にとって原子力発電が極めて重要なことに疑いの余地はないが、同時にリスクを抱えていることも事実である。読者の皆さんも今回の大地震で再認識したはずである。

 最近まで再生可能エネルギーの導入に消極的だった米国が一転、導入に対して積極的な立場を取り始めたことは特筆すべき変化だろう。具体的には、米国下院議会において2007年8月上旬に、再生可能エネルギーによる発電量を2020年までに総発電量の15%まで引き上げることを電力会社に義務付ける法案が可決されたのである。

 京都議定書を議決した京都会議の議長国を務めたことに加えて、太陽電池に関する有力なメーカーを複数抱えている日本としては、高効率型太陽光発電システムなどクリーン・エネルギーの開発を進めていく必要がある。仮に、現在のSi(シリコン)パワー素子に代えてSiCパワー素子を採用すると、電力利用が高効率化され、日本だけでも年間約200万KW(原子力発電機の2機分に相当する電力)もの省エネルギーを実現できることになる。なお現在、日本全国で稼働している原子力発電機は55機あり(加圧水型軽水炉、沸騰水型軽水炉)、2機が建設中である。

SiC素子の優位性と量産化に向けての課題

 SiCは、Siより熱伝導度が約3倍高い。電子の飽和ドリフト速度、絶縁破壊電界が1けた以上大きいので、Siパワー素子に比べて厚さを約10分の1にでき、扱える電流密度も大きくできるので、全体に素子を小型化できる(かつ、最先端Si設備投資のような巨大な設備投資と微細化技術を必要としない)。

 さらには、宇宙(今後の商用ビジネスで大いに期待できる分野)や原子力施設など(安全・安心を得るため)の過酷な環境下で、高信頼性を要求される耐熱・高放射性素子、化合物半導体材料とし活用できる。MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)の場合、電力変換時の電力損失は、SiCを用いるとSiの2けた以上小さくなる。また、熱伝導度がSiの3倍ほど大きいので、熱放散がよく、電子機器の冷却を簡易化できる。

 すなわち、SiCの特徴である小型、低損失、高効率、冷却の簡易化で、その将来を大いに期待されているのである。

 SiC市場立ち上げには、エピタキシャル成長を施した単結晶ウェハが必要不可欠である。さまざまな電子機器からSiC素子の要求される仕様に対して、結晶欠陥の低減は現時点ではまだ不十分である。また、膜厚、不純物がウェハ面内で一様でなく不均一である。エピタキシャルウェハの成膜の再現性、品質も良くない(純国産ウェハ化&純国産エピタキシャル成膜成長装置が必要である)。

 これら課題は、単純に見えて実は、深刻な問題である。現在日本では、SiCウェハ(単結晶SiC薄膜、バルクのもの)は、ほぼ米国クリー社から供給を受けている。同社は世界のSiCウェハの約80%以上を提供していると考えられ、新技術の促進のために引き続き多額の米国政府資金(軍事予算)を獲得している。また、同社はSiCウェハの材料供給だけではなく、SiCを材料とするFETやLEDなどの化合物半導体の製品開発にも力を入れている。

 このままSiCパワー素子市場が立ち上がると、SiC市場は材料と製品の両面から完全に米国企業の支配下に置かれることになる。米国クリー社はSiC普及の最大の障害であるマイクロパイプ欠陥の削減を進めているが、ライバル企業は最近、SiC種結晶の生成と欠陥削減における大幅な向上を発表し始めている。さらに数社の企業は、少なくとも技術実験において、市販材料において欠陥の発生率が優良なレベルに達したと公表している。2007年6月に発表した新日鉄がその1社である。新日鉄は大口径SiCウェハを開発したが、量産化と安定供給という面では不安が残り、将来の巨大な市場規模から推測して、日本企業として3社程度は最低必要である。

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