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3層構造のヒューズが引き起こした不可解な現象Tales from the Cube

» 2008年05月01日 00時00分 公開
[Jim Sylivant,EDN]

 筆者がある部品メーカーに転職したときのこと。新しい職場に移って間もなく、以前から続いていた不具合の問題にかかわることになった。その問題とは、CRTディスプレイ装置のヒューズが高い頻度で異常動作するというものだった。問題のヒューズに対しては、温度をはじめとする定格条件が規格として定められていた。筆者の前任の試験担当者は、全規格項目において問題がないことを試験によって確認していた。


 しかしながら、そのヒューズを装置に組み込むと、高い頻度で異常が発生していた。そこで筆者は、まず実際の使用条件がヒューズの定格範囲内にあるのか否かを確認するために、その装置にヒューズを組み込んだ状態で電流値を計測してみた。その結果、起動時に瞬間的に流れる電流を除いた定常電流の値はヒューズの定格内であることが確認できた。

 前任者の検討結果と筆者らによる追加試験の結果からは、異常が発生する原因を見出すことはできなかった。そこで、筆者らは社内の材料研究所にこのヒューズの分析を依頼することにした。いくつかのサンプルを送付し、断面積の計測や合金組成の分析などを依頼したのだ。それに加えて、分析担当の技術者は、瞬間的なパルス電流(サージ電流)を印加したときに生じ得る現象の解析も行ってくれた。

 数日後に分析の結果が出た。顕微鏡写真を受け取ったのだが、そこには、筆者が考えたこともなかった構造が鮮明に写し出されていた。そのヒューズは、溶融温度の低い単一の合金ではなく、3種の金属が層を成す構造となっていたのだ。一番内側のコアはタングステン層(タングステン線)となっており、その外側には薄い銅メッキ層、さらにその外側に薄い銀の層が形成されていた。さらに驚いたのは、サージ電流を流した後に撮影された写真を見たときだった。その写真を撮るために分析担当者が用いた手法は、コンデンサを充電した後に、その両端をヒューズによって短絡するというものだ。これにより、サージ電流の量をコントロールし、条件を変えて撮影してあった。最初の写真には、電流量があるレベルに達すると、銀の層が溶融温度に達して液状化したことが示されていた。もう1枚の写真を見ると、サージ電流をさらに増やすと銀の層が溶融して見えなくなり、タングステン線と銅メッキ層だけが残っていた。銀はほかの2つの材料に比較して導電率が高いため、サージ電流が銀の層に集中して流れたのである。残りの写真には、さらにサージ電流を増やしていった場合の様子が示されていた。銀が溶融した状態でサージ電流の量を増やすと、タングステンに比べて導電率の高い銅メッキ層に電流が集中する。その結果、その銅メッキ層が溶融する。つまり、導電率の高いタングステン線だけが残る。この状態でさらにサージ電流の量が増えると、タングステン線が高温になって、溶融が進むことで徐々に細くなり、遂には断線するということだった。

 この結果から、筆者らはこの3層構造のヒューズの特異な性質に気が付いた。すなわち、このヒューズは、短時間でも過剰な電流が流れると、その影響が内部に痕跡として残るということだ。いわば、電流が瞬間的に流れたことを記憶するメモリー機能を持っているのである。問題となった装置で定常的に流れる電流量は規格の範囲内だったし、起動時に流れるサージ電流も、ヒューズが切れるほどには多くない。しかし、このようなメモリー機能を持つヒューズを使っていたことで異常動作が引き起こされていたのである。

 この装置で発生していた問題の解決策は、融点の低い単一の合金構造を備えるヒューズに変更することだった。3層構造のヒューズが備えるメモリー機能は、その後のさまざまな発明の原点になるのだが、この経験から得られた最大の教訓は、問題があれば基本に立ち返ることによって解決の道が見えてくるということである。

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