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電池モジュールのセル電圧を測るその基礎概念から計測/校正の自動化まで(2/5 ページ)

» 2008年06月01日 00時00分 公開
[Jim Williams(米Linear Technology社),Mark Thoren(米Linear Technology社),EDN]

計測回路の基本概念

 本稿では、上述した課題に対する解決策を新たに提案する。それは、トランスを利用したサンプリング電圧計を用いる手法だ。

 この計測方法の概念は、図3のようになる。ここで欲しい結果は、電池のセル電圧であるVBATTERYの値である。この値を求めるために、トランスT1にパルスを印加し、そのときに1次側コイルに発生するクランプ電圧を計測する。このクランプ電圧は、2次コイル側に接続した電池セルとダイオードの働きによって生成されるもので、2次コイル側に発生する電圧とほぼ同等のものになる。ほぼ同等というのは、このクランプ電圧は、セル電圧に、ダイオードの順方向電圧とトランスの動作に起因する小さな電圧という2つの誤差電圧が加わった値になるからである。しかし、これらの誤差電圧は予測可能なものであり、計測回路の最終段で減算処理することにより除去できる。その結果、計測回路の出力として正確なセル電圧が得られるのである。

図3 トランスを利用したサンプリング電圧計の概念図 図3 トランスを利用したサンプリング電圧計の概念図 トランスを使用することにより、コモンモード電圧の影響を排除する。この方式では、パルス発生器からのパルスによって周期的にトランスT1を励起する。このパルスを遅延させたもう1つのパルスにより、T1に発生するクランプ電圧をサンプリングする。この段階ではクランプ電圧に誤差が加わっているが、それは後段の回路で補正する。

具体的な計測回路

 図4に示すのは、図3の概念図を基にした実際の回路図である。この回路図には図3の概念図と若干異なるところがあるが、その点も含めて、以下に動作の詳細を説明する。

図4 図3の概念図を具体化した回路 図4 図3の概念図を具体化した回路 特性のマッチングが良いことから、図3のダイオードはトランジスタQ1、Q2、Q3に置き換えている。誤差を補正する減算回路部では、Q1に起因する誤差をQ3によって補正し、T1のクランプ過程に生じる誤差を抵抗とアンプのゲインによって補正する。Q2はS1の動作によってT1の電圧が負の方向に振れるのを防止する。

・回路の基本動作

図5 図4の回路の主要点の波形 図5 図4の回路の主要点の波形 (a)はパルス発生器への入力、(b)はT1の1次側電圧、(c)は74HC123のQ2端子からの出力、(d)はスイッチS1の制御パルス。これらのタイミングの関係から、T1のクランプ電圧が安定した後にサンプリングが行われることが確認できる。

 この図のパルス発生器の部分には、幅が10μsのパルスを1kHzの周波数で入力する(図5(a))。このパルスは10kΩの抵抗R1を経由してトランスT1に加わるとともに、遅延パルス発生器のトリガー端子(単安定マルチバイブレータのB2端子)にも入力される。トランスT1では、そのパルスの立ち上がりに対応して1次側コイルの電位が上昇する。その値は、セル電圧と誤差電圧(ダイオードの順方向電圧およびトランスの特性に起因する小さなレベルの固定的な誤差電圧)との和に相当するレベルに達する(図5(b))。トランスT1の1次側コイルの電圧は、この電圧レベルにクランプされる。一定時間後に、遅延パルス(図5(c))が出力され、それに対応して図5(d)のパルスが生成される。このパルスによってスイッチS1が閉じ、その結果、コンデンサC1がトランスT1の1次側クランプ電圧で充電される。しばらくすると、C1の電圧はそのクランプ電圧に等しいDCレベルに落ち着く。このC1の電圧をオペアンプ(サンプルホールドアンプ)A1によってバッファし、その出力を差動アンプA2の入力とする。A2のゲインはほぼ1であり、ダイオードの電圧降下とトランスに起因する誤差電圧とを減算して出力する。この出力電圧がセル電圧そのものの計測値となる。

 この手法の利点は、計測回路が高いコモンモード電圧の影響を受けないことである。つまり、計測回路はトランスT1によって電池モジュールが生成するコモンモード電圧から直流的に絶縁されている。従って、回路には低電圧の回路に適した手法や、低耐圧の半導体部品を利用できる。

・計測精度

図6 T<sub>1</sub>の1次側、2次側のクランプ電圧 図6 T1の1次側、2次側のクランプ電圧 (a)が1次側、(b)が2次側のクランプ電圧波形である。

 回路全体の計測精度は、温度と電圧の変動範囲におけるトランスのクランプ動作の精度に依存する。適切なトランスを使用すれば、図6に示すような波形が得られる。図において、(a)は1次側コイルの電圧、(b)が2次側コイルの電圧である。この波形は、クランプしている様子が明瞭になるよう拡大表示している。なお、波形の中央部分に見られる歪(ひずみ)はS1を駆動するパルスの影響(ゲートからの漏れ電圧)である。

 この回路は、トランスの1次側、2次側の結合が密であれば、良好なクランプ動作を示す。周囲温度が25℃、セルの電圧が0V〜2Vの範囲にある場合、その精度は0.05%であり、温度によるドリフトは120ppm/℃である。セルの電圧が3Vになると、精度は0.25%に低下する。

・補足事項

 この回路について、いくつか補足しておく。図4の回路では、図3の概念図におけるダイオードをトランジスタQ1のベース‐エミッタ接合に置き換えた。これにより、部品の特性のマッチングが容易になり、また温度の変化による影響が小さくなる。

 トランジスタQ1のエミッタ端子に接続した10μFのコンデンサは、パルスの周波数に対して低いインピーダンスを確保するためのものである。これにより、サンプリング周期内での計測電圧の変動を最小限に抑えられる。また、トランジスタQ2のスイッチング動作をトランスに入力するパルスに同期させることで、スイッチS1の動作によってT1の電位が負の方向に変化するのを防いでいる。

・多数のセルへの対応

図7 多数のセルへの対応 図7 多数のセルへの対応 トランジスタを用いて選択機能を付加することにより、多数のセルへの対応が可能になる。

 このトランスを利用した計測手法は、本質的に、多数のセルを直列接続した電池モジュールにおける計測に適している。より多くのセルに対応するには、図7の概念図のような回路を用意する。

 図の各チャンネルは、それぞれ1個のセルの電圧をモニターする。計測時には、任意の選択信号にバイアスを加えてFETスイッチをオンにし、対象となるセルに結合されたトランスを励起する。

 各チャンネルはトランス1個、ダイオード(トランジスタ)1個、FETスイッチ1個から構成される。

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