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部門間を横断する制御用ソフト開発、新たな構造設計基準を適用へトヨタ自動車 BR制御ソフトウエア開発室 室長 林 和彦氏

 自動車は、環境対策や安全性、快適性の向上を目的に電子化が進んでいる。電子化に伴い、自動車の制御は高度で複雑になっており、各機能モジュールの連携により動作するシステムも多数存在する。これらの機能を制御する車載ソフトウエアの開発コードの規模は、現行の高級車で800万行に達しており、2015 年には1000万行を超えるという予測もあるなど、その規模は年々増大している。“スパゲッティ”化している車載ソフトウエア開発の現状に対して、トヨタ自動車では、要件分析、構造設計の見直し、ドキュメント化を軸としたプロセス改革を断行している。その旗振り役を務めるBR 制御ソフトウエア開発室 室長の林和彦氏に、今後の取り組みなどを聞いた。

» 2008年09月01日 00時00分 公開
[Automotive Electronics]

 ソフトウエア開発で重要なのは要件分析である。使われる部品の特性は車によって異なる。例えばソレノイドバルブの場合、制御する圧力の値は車種や燃料タンクによって違う。また、現状では、これら1つの部品を変更すればその部品に加えて、その周辺機能の動作を確認するために、交換部品のみ確認する場合に比べて2.5倍かかる。これが、構造をきれいに整理することによって、主要部品を変更してもその周辺は1〜2カ所変更するだけで済むようになる。製造のグローバル化でも同様の問題が起こる。例えば、部品を現地調達する場合、同じ仕様のセンサーを調達したとしても、応答性の違いなど部品の性能/特性にばらつきがある。このばらつきをソフトウエアで吸収できるようにしておかなければならない。そのために、まず構造設計を行ってからその後ソフトウエア開発に進む、という手順を確立するのがプロセス改革の狙いである。


半導体メーカーとも連携

ハヤシ・カズヒコ 1978年、トヨタ自動車に入社。以来、走行、シャーシ系、パワートレイン系の電子制御システムの開発や設計を担当してきた。1989年から4年間は欧州に駐在。1993年から再び、パワートレイン系やシャーシ系電子制御システムの開発に携わる。2004年に第2電子技術部長、2005年に第1電子技術部長、2007年4月からBR制御ソフトウエア開発室長、現在に至る。 ハヤシ・カズヒコ 1978年、トヨタ自動車に入社。以来、走行、シャーシ系、パワートレイン系の電子制御システムの開発や設計を担当してきた。1989年から4年間は欧州に駐在。1993年から再び、パワートレイン系やシャーシ系電子制御システムの開発に携わる。2004年に第2電子技術部長、2005年に第1電子技術部長、2007年4月からBR制御ソフトウエア開発室長、現在に至る。 

 『現在の体制のままではいずれソフトウエア開発の機能がパンクするだろう』と予測し、2001年ごろから危機感を持ってソフトウエアの構造設計とプロセス改革への取り組みについて、検討・提案してきた。そして、そのための実行部隊として、BR制御ソフトウエア開発室が2007年4月に発足した。発足当初の40人強から、現在は約150人にまで規模を拡大している。しかし、この150人はすべてトヨタの技術者ではなく、組み込みソフトウエアの技術開発力で先行する半導体メーカーからの出向者が約3割に上る。半導体メーカーとの連携により、出向してきた技術者に加えて、その出身母体である半導体メーカーの研究所などからも専門知識を習得できるメリットがある。

 これまでのトヨタの車載ソフトウエア開発は、システム別の縦割り構造の中で行われてきた。エンジン制御、ボディ制御などの各部門で、そのシステム制御に最適なソフトウエアの開発を優先し、プラットフォームを共有化するという考え方は存在しなかった。しかし、複雑な機能連携を行う現在の自動車開発では、このソフトウエア開発体制そのものが不具合を起こす原因となる可能性がある。この問題を解決するためには、各部門を横串で横断する組織が必要となる。現在、エンジンをはじめ各システムの開発部門にBR制御ソフトウエア開発室の技術者が入って、実務ベースでの開発に着手している。

 当開発室が発足して1年以上経過し、構造設計の見直しとプロセス改革の方向性がほぼつかめてきた。2012年をターゲットに、この新しい構造設計基準で開発した新車を市場投入したいと考えている。現時点で、構造設計の見直しの対象となっているのは、エンジンとボディ電子、マルチメディア関連の3分野になる。ボディ電子では、メーター、エアコン、シート、盗難防止装置、ヘッドライトなどが含まれる。

 現在は、ハイブリッドシステムやシャーシ関連などでは構造設計の見直しは行っていないが、ハイブリッド車は全社展開することもあり、次に取り組む分野になるだろう。ハイブリッド車は電池の高圧系の制御やモーター、走行系などが複雑に絡み合うため、ソフトウエア開発は容易ではない。

国産の車載OSを開発

 マルチメディア関連については、独自のOS開発も行っている。Unix系をベースにした情報系OSと、現在T-Engineベースの制御系OSと情報系OSを連携させるOS連携モニターを開発している。車載情報端末で取り扱う情報は、マルチメディア機能だけでなく、制御に関わる機能にも利用される可能性がある。そこで必要になるのがOS連携モニターだ。また、情報系OSの開発では、ブラックボックスではなくオープンなOS開発を行うことで、市場に出回っている優れたハードウエアやソフトウエアを活用しやすくする。

 国産の車載OS開発を行う目的は、国内ソフトウエア産業の競争力を高めるためである。トヨタにとっても、自身が開発に携わったOSであればシステムの開発もやりやすくなるというメリットがある。2010年には、新開発の情報系OSを搭載した新車を発表できるだろう。

AUTOSARは全体構造の標準化

 欧州の車載ソフトウエアの標準規格「AUTOSAR」は、車載ソフトウエアの構造を分かりやすくすることを目的としている。AUTOSARのメリットについて、モジュール化した部品のようにアプリケーションソフトウエアを自由に抜き差しできると考えている人もいるようだが、実際はそうではない。AUTOSARを採用しても、さらに詳細なレベルまで仕様を決めないとアプリケーションソフトウエアの互換性を保つことはできない。

 例えば、ソフトウエアの下位レベルに位置する通信機能の入れ替えなどは容易になるだろう。CANドライバを他社製品に取り替えたいと思ったとき、標準化されていれば容易に交換できる。FlexRayの周波数(データ伝送速度)の変更なども容易だ。Tier1サプライヤにとってもメリットはある。自動車メーカーが、ある部品のサプライヤを変更する場合、そのサプライヤがAUTOSARに準拠していれば必要になる作業を最小限にとどめることができるからだ。

 自動車メーカーにとって、AUTOSARで標準化しようとしている部分は競争領域ではないが、Tier1サプライヤにとっての競争領域となっているという考え方もある。『AUTOSARで標準化されると、どのサプライヤの製品も一緒になる』と心配する企業もあるが、実際は作り込みや統合したときの検査、実装方法などで差別化できる。Tier1サプライヤにとっても、競争する余地は十分に大きいのではないだろうか。

(聞き手/本文構成:馬本 隆綱)

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