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「最新式」も考えものSignal Integrity

ある大手ホテルチェーンで、クロックラジオの設定が狂ってしまうという事象が頻繁に発生した。その原因は一体何だったのだろうか。

» 2010年06月01日 00時00分 公開
[Howard Johnson,EDN]

 2005年の中ごろ、ホテルチェーンのヒルトンは、傘下のホテルの約25万室に、同社が特別に新規設計させたクロックラジオ(ラジオ付きの目覚まし時計)を備え付けることにした。このクロックラジオは、ヒルトンで長らく懸案になっていた以下の2つの問題点を解決するべく設計されたものだった。

  • それまでに使用していたクロックラジオでは、宿泊客の操作によって、ラジオの設定がしばしば狂ってしまう
  • 時計の時間が狂っていないかどうかを点検したり、狂っていた場合に修正したりするために、ホテルのスタッフが大きな負担を強いられる

 新しいクロックラジオの設計者は、1つ目の問題点に対し、以下の方法で解決を図った。構造としては、クロックラジオ上部にプリセットボタンを4個配置するようにした。そして、まずは各ホテルが地元のラジオ局の設定を行う。宿泊客は、目覚まし用にラジオかブザーか、あるいはコールなしのいずれかを選ぶことができるようにした。その結果、宿泊客がダイアルを誤まって操作して、おかしな局に合わされたままになっていたり、ノイズが出力される状態になっていたりといったことがなくなった。

 一方、時間の点検/修正にかかる手間の問題については、まず従来の時間の狂い方を細かく分析することから始めた。その結果、ラジオの問題と同様に、宿泊客が誤って時間の変更操作を行ってしまうことが原因であると判断された。この結果を受けて、ホテルの支配人が「お客には一切時計の操作をさせるな。触らなければ時計は十分に正確なんだから」と厳命したことは容易に想像できる。これに応えて、設計者は使用者が操作可能な時間修正ボタンの類をすべて取り去る方式を考案した。新しいクロックラジオには、時間の修正用のスイッチがなく、クリップなどで突っつくタイプのリセット/調整用の穴もない。時刻の修正は、ホテルの保守スタッフだけが行うことを前提としたものになった。保守スタッフは、クロックラジオの裏面上部にある十字型のネジを外してふたを開け、内部の時間修正用ボタンを押すという、少し手間のかかる物理的操作を必要とするものとした。

 このような、ユーザーによる操作を不可とする方式を実現するには、時計を極めて正確なものにする必要があった。そうでなければ、時間を修正するために多大な労力を要することになり、最新式クロックラジオの存在意義が大きく薄れてしまうからだ。そのため、開発されたクロックラジオは正確な時間基準(クロック)を内蔵し、夏時間の自動補正機能を備えるものとなった。このクロックラジオは、設計者の言によれば、「時間修正が永久に不要なほどに精密で正確」なものであった。実際、初期の利用者からは、「これまでにないくらい素晴らしい」といった評価がなされた。

 このクロックラジオが使われるようになってから、少したった2005年10月30日。米アリゾナ州のあちこちにあるヒルトンホテルの宿泊客が、何人も搭乗便の時間に遅れるという事態が起きた。アリゾナ州には夏時間法が導入されていなかったのだが、同州にあるヒルトンホテルに備え付けられたクロックラジオは夏時間に対応していた。この日の早朝、すべての新式クロックラジオの時間が正確に1時間だけ逆に進み、その結果、宿泊客が1時間遅れで目覚めることになってしまったのだ。

 1カ月後、筆者がアリゾナ州にあるヒルトンホテルに宿泊した際には、ホテルに備え付けられたクロックラジオの改修は完了していなかった。ホテルの担当者の言うには、「6カ月ほどくらいの間に改修は終わる予定」とのことだった。ヒルトンの公式声明によれば、「問題は、わずかの州だけでしか発生していない。それらの州でも、引き続きこのクロックラジオを使用する」とのことであった。

 再び時がたち、2007年3月11日を迎えた。この年には、夏時間を適用する日付を変更する法律が米国議会で採択されていた。その結果、米国内のヒルトンホテルの大半は、年に4回も大幅な時計修正を行うはめになった。

 筆者が何を言いたいのか、おわかりいただけただろうか。さまざまな条件で使われ、出荷数量も膨大な製品にかかわったことのある読者ならば、きっと想像がつくだろう。そのような製品が使われる現場では、まったく予期しないことが起きるのは避けられないことなのだ。

 昨冬、信号機では白熱電球が本来の目的以外にも役に立っているということが話題になった。白熱電球は発熱量が多いので、大雪の中でもカラーレンズ面の雪を溶かして信号を見やすくしているという事実が広く知られたのだ。 それに対し、エネルギー効率の高い最新のLEDを使った信号機はほとんど発熱しない*1)。LEDベースの信号機は、雪によって光がふさがれて役に立たなくなり、重大な交通事故の原因になる可能性があるのだ。

<筆者紹介>

Howard Johnson

Howard Johnson氏はSignal Consultingの学術博士。Oxford大学などで、デジタルエンジニアを対象にしたテクニカルワークショップを頻繁に開催している。ご意見は次のアドレスまで。www.sigcon.comまたはhowie03@sigcon.com。


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