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期待を背負うIEEE 1588-2008この時間同期技術の輪郭をつかむ(1/2 ページ)

IEEEは、時間同期について定めたIEEE 1588-2008において、時刻と周波数のネットワーク配信に関する規格を大幅に変更した。現在は同規格の活用に向けて、移動体通信の分野で先導的な動きが行われている最中だが、この新しい規格はどのような可能性を秘めているのだろうか。本稿では、IEEE 1588-2008の概要を説明した上で、導入時にポイントとなる事柄や、同規格の将来的な可能性について解説を加える。

» 2011年02月01日 00時03分 公開

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ネットワークの同期

 本来、音声や映像はアナログ的な性質を持つものである。しかし、それらを大量に転送する場合、アナログ信号として扱うのは非実用的な手法だ。そのため、ネットワークで音声や映像をやりとりする際には、音声/画像はデジタル化された信号として転送されている。このようにして音声/映像を扱うことには、転送処理を、管理しやすく、拡張性の高いものにすることができるというメリットもある。

 音声/映像の信号をデジタル化する処理と、遠隔地で復元する処理は、共通の周波数を用いて行われる。すなわち、送信側で使用する周波数と受信側で使用する周波数の値は同じでなければならない。また、通信ネットワークでは、信号の多重化、符号化/復号、QoS(Quality of Service)の測定を行うために、安定した周波数が必要になる。こうした理由から、ネットワーク上のすべての拠点は同じ周波数で動作し、同期が実現されていなければならない。

 TDM(Time Division Multiplex:時分割多重)ネットワークでは、ネットワーク上のすべての伝送装置と切り替え装置に内蔵された局部発振器が、1×10−11以上の精度で中央の主基準クロックにアクセスできるようになっている。ただし、クロックがネットワークを通り抜ける際にはクロック品質に影響が及んでしまうという問題がある。それに対応するため、クロックの供給装置が、瞬間的な周波数安定度に影響を与えるジッターとワンダーを取り除くようになっている。

 一方、現在広く使用されているL2/L3(レイヤー2/レイヤー3)ネットワークはパケットを転送するのに同期を必要としない。そのため、L2/L3ネットワークでは同期用クロックの転送を行っていない。また、L2/L3ネットワークのようなIP(Internet Protocol)ベースのパケットネットワークは、帯域幅を増やすことによって転送ビット当たりの配信コストが下がる点も特徴としている。ただし、帯域幅を増やしてコストを下げることで犠牲になるものもある。L2/L3ネットワークは、「同期と信号品質は備わっていて当然」という性質のものではない。従って、システム設計の際には、同期をとる仕組みを実装したり、信号品質に配慮したりする必要がある。

 同期を必要とするサービスはいくつも存在する。その中でも、現在、周波数と時刻の配信に大きな関心を寄せているのは無線通信基地局の開発技術者であろう。基地局のアンテナと携帯機器との間の無線インターフェースにおいて周波数が安定していれば、隣接する基地局との間で、中断を生じさせることなく通話の受け渡しを行うことができるようになるからだ。こうした理由から、基地局間の同期は通信事業者が提供すべき品質の中心に位置すると言えるだろう。

表1 無線通信インターフェースにおける安定度への要求 表1 無線通信インターフェースにおける安定度への要求 GSM:Global System for Mobile CommunicationsW-CDMA:Wideband Code Division Multiple AccessTD-SCDMA:Time Division Synchronous Code Division Multiple AccessFDD:Frequency Division Duplex、TDD:Time Division DuplexMBMS:Multimedia Broadcast and Multicast Service

 表1には、CDMA(Code Division Multiple Access)、LTE(Long Term Evolution)といったさまざまな無線通信規格の周波数と時刻の安定度に対する要求を示している。表からもわかるように、無線インターフェースの安定度としては、プロトコルや技術の世代に関係なく、50ppb(Parts per Billion)、すなわち5×10−8が必要となる。おそらく、無線通信の3つの世代を通して変わっていないのはこの要求だけだろう。

 現在運用中の携帯電話基地局の多くは、TDMバックホールから周波数ソースを取得している。ここで言うバックホールとは、基地局アンテナと中央制御装置との間で音声やデータの信号を転送するシステムのことだ。現在では、携帯電話機ユーザーがモバイルブロードバンドを広く利用するようになったことにより、TDMネットワークからキャリアイーサーネットへの移行が進んでいる。そのため、従来のクロック基準は基地局から切り離されるようになった。携帯電話業界はイーサーネットへの移行を避けることはできないだろう。現在、同業界は基地局へクロックを分配する方法として、従来とは異なる費用対効果の高いものを必要としている。

IEEE 1588の概要

 IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)は、2002年に新たな規格であるIEEE 1588-2002(IEEE 1588のバージョン1)を策定した。試験や測定、産業用の制御アプリケーションに向けたもので、LAN(Local Area Network)経由での高精度な時刻の配信方法について規定している。試験/測定分野や産業用制御分野では、広範囲に分散したセンサーやアクチュエータを調整して測定/制御するために、別の専用インフラを用意することなく共通の時刻を配信できるようにする必要があった。また、時刻情報はセンサーの情報と共にインバンドで転送しなければならなかった。

図1 IEEE 1588におけるマスター/スレーブ間のやりとり 図1 IEEE 1588におけるマスター/スレーブ間のやりとり 時刻転送プロセスの中で、IEEE 1588のマスターとスレーブは、SyncメッセージとDelay_Reqメッセージを送受信する。

 IEEE 1588では、非同期のパケットネットワークを経由して、マスタークロックからクライアントクロックに高精度な時刻情報を正確に転送することができるよう規定している(以下、本稿では「グランドマスター」の代わりに「サーバー」という言葉を、「クライアント」の代わりに「スレーブ」という言葉を使用することがある)。同規格に対応する装置はツリー構造で配置される。マスタークロックが中央の拠点に置かれており、遠隔拠点に置かれたスレーブ装置が時刻と周波数、あるいはその両方を要求するという仕組みだ。

 まず、最初のプロセスでサーバーとクライアントの関係を確立する。次に、時刻転送プロセスを実行する(図1)。IEEE 1588のマスターとスレーブは、SyncメッセージとDelay_Reqメッセージを交換する。2つのメッセージには、パケットを送出した時刻(t1、t3)と到着した時刻(t2、t4)が記録される。

 パケットの送出時刻を事前に知るのは難しい。多くの場合、プロトコルの設計者はもう1ステップをオプションで加えている。すなわち、Syncメッセージがt1の予測値を送信し、次いでFollow_Upメッセージがt1の実際の値を送信するという方法である。これによって誤差を補償するのだ。

 スレーブは、t1、t2、t3、t4を使って往復の遅延時間とクロックのオフセット(マスタークロックとスレーブクロックの差)を求める。ここで、片道の遅延時間が往復の遅延時間の半分であると仮定しよう(以下参照)。

 (片道の遅延時間)

 =[(t2−t1)+(t4−t3)]/2

 そうすると、スレーブクロックのオフセットは以下の式によって求められることになる。

 スレーブクロックのオフセット

 =(t2−t1)−(片道の遅延時間)

 スレーブクロックの時刻は、スムージング技術とクロックのオフセット値を使って補正できる。現時刻からの周波数のリカバリはサーボループが担い、このプロセスを1秒間に複数回繰り返すことによって、2つのクロックの同期を維持する。

図2 マスター/スレーブにおけるタイムスタンプの生成 図2 マスター/スレーブにおけるタイムスタンプの生成 予測できないスタック処理に要する遅延を避けるために、ハードウエアは物理層でパケットにタイムスタンプを付加する。

 このように、IEEE 1588プロトコルでは、Syncメッセージにおける伝播遅延とDelay_Reqメッセージにおける伝播遅延は等しいと仮定している。すなわち、順方向経路(マスターからスレーブ)と逆方向経路(スレーブからマスター)の伝播遅延は等しいという意味である。しかし、現実には、このような仮定のとおりにはならない。頻繁な時刻情報のやりとりと、高度な自動制御アルゴリズムの使用によって、通信ネットワークレベルでの精度を得ることになる。また、プロトコルスタック処理による遅延は予測できないので、こうした遅延を避けるために、ハードウエアが物理層においてパケットにタイムスタンプを付加する(図2)。なお、パケットジッター、すなわちPDV(Packet Delay Variation:パケット遅延変動)もクロックのオフセットの算出に影響を及ぼす。

 IEEE 1588-2002は、LANを経由して高精度な時刻を配信する効果的な方法を規定し、通信業界の注目を集めた。その後、IEEEは試験/測定業界や産業用制御業界と提携し、WANにも対応するIEEE 1588の新バージョンの開発に取りかかった。その結果策定されたのが、IEEE 1588-2008である。PTP(Precision Time Protocol)の規格を定めたものであり、IEEE 1588のバージョン2に当たる。同規格では、通信ネットワークの厳しい要求を満たすために、多くの改善が施されている。例えば、メッセージレートの向上や、ハードウエアによるタイムスタンプの付加機能、メッセージ長の縮小、ユニキャスト通信のサポート、サービス信頼度の向上、IEEE 1588プロファイルの作成などである。

 高い安定度を達成するために、メッセージレートに対する要求は、必然的に高まっていった。安価で精度の低い発振器を使用した場合、クライアントは頻繁に更新処理を行わなければならない。そのため、IEEE 1588-2008では、旧規格の1秒当たり最大1トランザクションから1秒当たり128トランザクションへと、大幅な拡張が施されている。

 タイムスタンプを頻繁に更新しても正確でなければ意味がない。マスターとクライアントの両方がハードウエアベースのタイムスタンプを使用すれば、目標としている精度を実現できる。

 IEEE 1588-2002では、ネットワーク帯域資源の無駄な消費を減らすために、クロックソースと品質に関する情報を送信頻度の低いAnnounceメッセージで送信するように変更した。これによって、メッセージ長は従来の165オクテット(1オクテット=8ビット)から44オクテットに縮小された。

 メッセージの送受信は、当初の規格ではマルチキャスト通信のみで行っていた。それに対し、IEEE 1588-2008ではユニキャストでも行えるようになっている。ユニキャストによって、クライアントはマスターからのメッセージだけを受信できるようになったので、クライアント側での処理量とコストが削減された。さらに重要なのは、ユニキャストでのメッセージの送受信により、クライアントとサーバーの間に一意的な関係が構築され、異なる同期メッセージレートや帯域内の状態、性能が監視できるようになったことである。

 キャリアクラスの品質とは、1年を通してほぼ故障がないということを意味する。だが、実際には、パケットネットワークでは複数の経路でときどき故障が発生している。L2/L3ネットワークにはデータを迂回させる機能があるが、IEEE 1588の処理フローが中断された場合、その影響は大きい。これに対処するために、IEEE 1588に対応するクライアントは、グランドマスターが故障した場合には別のネットワークグランドマスターを選択できるようになった。

 IEEE 1588のプロトコル仕様では、幅広いアプリケーションに対応し、ユニキャストやマルチキャストなど多くのオプションを備えることを目指している。そこでIEEEは、相互接続性を保証するためにアプリケーションプロファイルを作成した。このプロファイルは、クライアントがプロトコルのどのオプションを使用すべきかを規定しているほか、そのプロファイルの規定に従うサーバーとクライアント間における相互の動作も規定している。

 IEEE 1588が規定しているプロファイルは、産業用の自動化用途で使用することを目的としたデフォルトプロファイルのみである。通信業界は、ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector:国際電気通信連合 電気通信標準化部門) G.8265勧告の中で、通信用途向けのプロファイルを規定している。IEEE 1588のプロトコルでは、ほかにも新たなプロファイルが規定されている。適切なプロファイルに準拠することは、仕様全般に準拠するのと同じくらい重要なこととなっている。

 IEEE 1588に準拠したシステムの性能に最も大きな影響を与えるのは、クロックリカバリアルゴリズムであろう。ただし、システムの性能はネットワークの動作によっても決まる。一般に、ネットワークの性能はパケット遅延(レイテンシ)とパケットロス、パケットエラーによって特徴付けられるが、これら3つの要因はパケット時刻のプロトコルとはほとんど関連しない。また、ネットワークの動作に加えて、出力周波数と位相の品質改善に欠かせないのが、高性能の発振器だ。装置の設計者は、発振器の価格と要求される性能のバランスを考慮する必要があるだろう。

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