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「重ね合わせ」の基本Signal Integrity

» 2011年02月01日 00時02分 公開
[Howard Johnson,EDN]

 「サッカーボールを思い浮かべてみてくれるかい?」。筆者は親友のChris "Breathe" Frue(以下、Breathe)に言った。彼は、有能なミュージシャンにしてオーディオエンジニアであり、イコライザについて深く知りたいと思っていた。筆者は「そのサッカーボールを力学的機構システムとして見たとしよう。そうすると、ボールを蹴ることがシステムへの入力に当たる。ボールがどこまで飛ぶかがシステムの出力だ」と続けた。

 「蹴る力が強ければ強いほど、ボールはより遠くへ飛ぶ。そういうことかい?」とBreatheが応じた。筆者は「そのとおりだ。その関係を定量的に考えてみよう。君が蹴ったボールは50ヤード(約46m)飛ぶと仮定しよう。それに対し、私が蹴った場合には、40ヤードしか飛ばないとする。1つのボールをわれわれ2人がまったく同時に1つの方向に向かって蹴ったとして、結果はどうなるだろうか」と問いかけた。

 Breatheは「ボールは50ヤードをはるかに超えるところまで飛ぶに違いない。そうだろう?」と返した。筆者は「そのとおり。実際、空気抵抗やその他いくつかの技術的要因を無視すれば、約90ヤードは飛ぶはずだ。われわれの与えた入力2つを重ね合わせると、理想的なサッカーボールシステムの出力も重なり合い、個々の入力から生じるであろう各出力の和に等しい1つの大きな出力になるはずだ」と答えた。

 Breatheは言った。「それに似た話に当たると思うのだが、君がベースギターを弾き、俺がフルートを吹いて、1つのスピーカに音を通すとどうなるだろうか」。それに対し、筆者は「もし、ボリュームを上げすぎていなければ、両方の音が明瞭に再生される」と答えた。その上で「これが重ね合わせ(Superposition)の根底にある基本的な観点だ。重ね合わせが成立するならば、2つの楽器からの音を1つのスピーカで一緒に再生した場合と、並べて配置した別々のスピーカで再生した場合の音の違いはわからないだろう。ただ、現実の装置では、ボリュームを上げすぎた場合、違う結果が得られる」と続けた。

 Breatheが尋ねた。「君のベースギターのボリュームを音が歪(ひず)むほどに上げたらどうなるんだ」。筆者は「そのような状態では、スピーカを振動の限界まで強烈にドライブすることになる。この手法は、オーバードライブと呼ばれ、一部にはその音が好まれているのだが、ある意味では異常な音を出すことでもある。オーバードライブの状態でベースの音を鳴らしているスピーカに、フルートの音を重畳させると、フルートの音はひどく歪むことになる」と答えた。

 Breatheは続けた。「重ね合わせの成立するシステムの具体的な例を挙げてみてくれないか」。筆者は「ゼロ関数はどうかな。どんな入力が入ってきても、出力はゼロになるというものだ」と答えた。Breatheは「君の言う関数にX+Yという信号を通したら、答えはゼロになるということは俺にもわかる。定義に従えば、その結果は、Xからの出力のゼロとYからの出力のゼロを足したものに等しいということだろう。ただ、それがどうしたというのだ」と疑問を呈した。

 そこで筆者は「線形スケーリング関数について考えてみよう」と応じた。「入力Xに対する出力が、任意の定数Kとの積であるKXになるとしよう。2つの信号X+Yを入力として印加すると、(X+Y)のK倍が得られる。この結果は、2つの結果、つまりKXとKYを加算したものと同じだ」とした上で、次のように続けた。

 「もう1つの例を挙げよう。システムへの入力をオーディオ信号、つまり、時間とともに変化する電圧波形Xとする。この入力信号には任意の既知の係数Kを乗算することができる。Kが時間とともに変化する場合も含め、その結果はやはり重ね合わせに従う。スケーリング係数Kだけは時間に依存して変化したとしても、経過する時間の瞬間、瞬間で見れば、単純なスケーリング関数とまったく同様に作用する」。

 Breatheは「なぜそれが重要なのだ」と重ねて聞いてきた。この疑問に対し、筆者は次のように答えた。

 「重ね合わせが成立すれば、要素に分解して解析する手法を用いることが可能になるからだ。1つの波形を多数の小さな要素に分解でき、また、それぞれの小さな要素に対する応答を計算できるならば、重ね合わせが可能なシステムでは、各要素の応答をすべて加算することで、システム全体の動作を理解することができる。時不変性について理解すれば、この過程の意義をもっと深く理解できるだろう」。

<筆者紹介>

Howard Johnson

Howard Johnson氏はSignal Consultingの学術博士。Oxford大学などで、デジタルエンジニアを対象にしたテクニカルワークショップを頻繁に開催している。ご意見は次のアドレスまで。www.sigcon.comまたはhowie03@sigcon.com。


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