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プリント基板のパワーインテグリティ(前編)シミュレーションツールの活用で実現する(2/2 ページ)

» 2011年11月08日 16時25分 公開
[Paul RakoEDN]
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シミュレーションツールの重要性

 パワーインテグリティ向けのシミュレーションツールを手掛けるSigrityで製品マーケティング担当マネジャーを務めるBrad Brim氏によると、ICに電源を供給する電源分配回路は、等価インダクタンスが小さいことが求められる。例えば、コア電圧に対しては0.01nH、I/O電源に対しては1nH程度以下に抑えることが必要だという。Brim氏は、「電源プレーンが信号に雑音を結合させてしまう」ことを指摘した上で、「2つのグラウンドプレーンの間に配置された信号ラインに15mVもの雑音が重畳される場合もある」と話す。また、PCBのレイアウト担当技術者が同じ信号ラインを電源プレーンとグラウンドプレーンの間に配線したところ、雑音が45mVまで増大するという事例もあったという。

 ANSYSのPytel氏は、「パワーインテグリティ向けツールを活用すれば、電源分配回路を確定的に最適化することが可能だ。これまで適用してきた分離(デカップリング)の経験則では、もうレイアウトを最適化できなくなっている。ツールの助けを借りることで、必要なコンデンサの数や種類、コストを見極めることができる」と主張する。また、EMC(電磁両立性)関連製品の技術営業を手掛けるTechDreamの社長を務める府川佳広氏によれば、「それらのツールを使うと、プレーン間の距離を変更した場合の影響も見積もれる。例えば、NEC情報システムズのパワーインテグリティ設計支援ツール『PIStream』は、ツール上でコンデンサを追加・削除したり、静電容量値やプレーン形状、そして電源プレーンとグラウンドプレーンの距離などを変更したりすることで、インピーダンスを目標値以下に抑えられる」という。

図3 電源分配回路の伝達インピーダンス 図3 電源分配回路の伝達インピーダンス 電源分配回路の伝達インピーダンスの典型的な特性を示した。この特性は、周波数が低い方から容量性の領域(図中のAの領域)と、容量性と誘導性リアクタンスが等しくなる部分(B点)と変化していき、周波数が高くなると誘導性リアクタンスが支配的になる(Cの領域)。理想的な電源プレーンでは、B点を境に赤色の点線のような滑らかな曲線を描くが、実際には誘電率やプレーン形状によってプレーン共振モードが発生する(Dの領域)(提供:Sanmina-SCI)。

 MentorのKohlmeier氏は、「シミュレーションツールを用いれば、PCBのCADファイルからWhat-If解析を行える。この解析はハードウェアと用いた測定よりも結果を早く得ることができる。これこそが仮想プロトタイプの価値だ」と述べている。これらの理由により、設計の早い段階で適切な判断を下せるように、シミュレーションツールを使用することは極めて重要だと言えよう。設置するコンデンサの位置や数、関連するパラメータの変更は他の部門の業務には大きな影響を与えない。これに対して、プレーン間の静電容量を増やすためにプレーンを移動し、その結果として基板の厚さが変化させてしまうと、設計チーム全体の作業に影響が及んでしまう(図3)。米国の大手EMS(電子機器製造請負サービス)企業であるSanmina-SCIは、厚さが4mil(約0.1mm)の誘電体をプレーン間に挿入することでプレーン間に分布する静電容量を増加させる最新のPCB基板製造方法を特許として取得済みだ。

 Kohlmeier氏によれば、「パワーインテグリティのシミュレーションを行う上では、電源プレーン内の各コンデンサ、ステッチングビア、そしてPCBの構造を考慮しなければならない。このため、多くの技術者が想像する以上に難しい作業になる」という。さらに同氏は、「2枚のプレーンを接続するステッチングビアは電源分配回路のインピーダンスを下げる効果が期待できるので、コンデンサを増やすのと同じ程度に有効な対策になる」とも指摘している。

シグナルインテグリティとの相違

 シグナルインテグリティは、パワーインテグリティとは異なり、比較的少数の信号ラインのみを対象とし、オシロスコープを用いて時間軸上で評価できる。一方、パワーインテグリティのシミュレーションは、ポート1からポート2へのインピーダンスの周波数特性をZ11(入力インピーダンス)のプロフィールを使って評価する。また、電源プレーンのインピーダンス問題を理解するには、使い方が比較的難しいベクトルネットワークアナライザ(VNA)も必要になる。結局のところ、シミュレーションとは、測定を代替するものではない。PCBを実際に製造する前にPCBの特性に関する重要な情報を与えてくれるという意味において、測定を補完するものでしかない。SigrityのBrim氏は、「シミュレーションツールがどれほど高速に実行できるとしても実測より速くはならない。ただし、手早く結果が分かるその測定を実施するには、実際にPCBを製造しなければならないのが難点だ」と話す。

図4 ICパッケージの端子とワイヤー 図4 ICパッケージの端子とワイヤー ICパッケージ内では、端子につながるパッドとベアチップ(ダイ)の間に数多くのボンディングワイヤー(オレンジ色)を張って接続している。これらのワイヤーは電気的に並列に張られており、全体としてはインピーダンスが低く抑えられている。端子につながっているPCB上の配線ライン(青色)の方が、パワーインテグリティの観点では厄介だ。なおこの図では、分かりやすくするためにダイは描いていない(提供:ANSYS)。

 PCBの設計者は、ICベンダーがICを適切に設計しており、そのICにパワーインテグリティの問題が無いことを信じるしかない。ANSYSのPytel氏によれば、「パワーインテグリティの場合、シグナルインテグリティとは異なり、ICの電源端子や電源端子に接続しているボンディングワイヤーは問題になりにくい」という。これらの端子やワイヤーは、電気的に見ると全てが並列になっているからだ(図4)。MentorのHyperLynx部門でディレクターを務めるSteve Kaufer氏は、「パワーインテグリティとシグナルインテグリティの問題を回避するための技術的知識に乏しいPCBのレイアウト担当技術者が電源プレーンの形状を決定した場合、しばしば問題を引き起こすことがある」と語る。

 パワーインテグリティ用ツールは、直流(DC)と交流(AC)それぞれの回路に関する課題のみならず、電源プレーンとグラウンドプレーンからなるキャビティ(共振器)がRFの導波路になり得るという課題の解決にも役立つ。まず、DC回路に関する課題を処理するには、PCBの各プレーンが所要の大きさの電流を十分に運べることを保証する必要がある。そして、AC回路に関する課題を処理するには、最先端のICが負荷として引き込む高速の過渡電流をその電源系が供給できることを保証しなければならない。

 これらに対して、プレーン間に形成される導波路内の挙動を直感的に理解するのは難しいことにも注意する必要がある。このRF的な振る舞いを精査しておかないと、設計したPCBがEMI(電磁放射)問題でFCC(Federal Communications Commission:連邦通信委員会)の認証を受けられないという事態になりかねない。PCBが大面積の配線プレーンを備え、共振を生ずる可能性がある場合、その共振を抑える対策をシミュレーションによって検討することが肝要だ。プレーン間の共振でRF成分が放射されてしまう場合、EMI担当技術者は適切なシミュレーションツールを活用することで問題解決を図ることができるだろう。その解決法の1つとして、PCBの周縁にコンデンサを配置する対策が挙げられる。また、Oracleに2010年10月に買収されたSun Microsystemsは、ボードの周縁で反射されたRFに起因する電力がPCBの内側に戻ってしまうことがないように、周縁に配置したコンデンサと直列に抵抗を配置するという特許(米国特許番号:6727780)を取得している。


 後編では、デジタルICに起因する電源品質の問題や、各ベンダーが提供しているパワーインテグリティ用シミュレーションツールの特徴を紹介する。

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