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知ってるつもりの外国事情(6)――IMECに見る研究開発のあり方津田建二の技術解説コラム【海外編】

外国のIMECやSEMATECHといったコンソーシアム的な研究所がなぜうまくいき、国内の産官学の研究開発コンソーシアムはなぜ失敗したのだろうか、とよく聞かれます。私なりにIMECの社長(CEO)とのインタビューを何度も繰り返し、その答えを確信しています。このシリーズ最終回は、IMECのサクセスストーリーについて紹介します。

» 2015年03月09日 00時00分 公開
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 IMECが最初に日本でコンファレンスを開いたのは1990年代の終わりごろでした。その目的は、日本企業に参加してもらいたいからです。会場となったホテルニューオータニには数名の研究者・エンジニアしか集まらず、まるで田舎の分校のようでした。この時私は、米国の広報会社から直接電話をいただき、参加してほしいと要請を受けました。記者として当然出席しましたが、半導体企業から参加者が少なかったのは、プロモーション体制が全くできていなかったからです。それが2年目になると半導体業界から大勢の人が集まるようになりました。IMECが日本国内にもセールスプロモーションする人を雇ったからです。その後は、日本の研究者や技術者がよくご存じのように、ほぼ満席状態が続いています。

 IMECは今や世界中の研究者を引きつけ、大学院大学としての教育機関を兼ねながら技術開発を行っています。IMECがベルギーのフランダース地方にあるリューベンという大学の街(図1)に設立した当初は、ベルギー国家ではなくフランダース地方政府がこの研究所に予算を付け資金を提供していました。IMECはベルギーの半導体研究所から、世界の半導体研究所へと方針を変えながら、世界の企業、研究所などと共同研究するようになっていきました。その結果、フランダース政府予算は今、IMEC予算全体の15%程度しか占めていません。他の85%は世界の企業や研究所からの研究資金です。

図1 IMECの街、リューベンの歴史のある街並み

 この実態は、官製の研究所というよりも研究開発会社ともいうべき民間主体の研究所となってきていることを示しています。IMECの成功を一言で言えば、「民間企業のような経営思想を持ち、明確な経営方針を研究員に伝え、顧客(民間企業)が役に立つ研究開発テーマを設定してきた」、ことでしょう。研究者は予算と成果に関して常にプレッシャーを感じて仕事しています。のんびり散歩・思索しながら研究テーマについて考察する研究者という姿では決してありません。まさに真剣勝負です。このようなスタンスに立つコンソーシアムや研究所が日本にあるでしょうか?IMECを手本にしたいと考える研究マネージャーにはよくお会いしますが、顧客志向がどれだけ真剣なのか、伝わってきません。

 IMECのCEOであるLuc van den Hove氏(図2)によると、IMECの成功の1つに、顧客志向に加え、中立の立場を貫いている、ことを言います。ベルギーには世界的な半導体企業はありません。だから世界中のどの企業も中立に受け入れることができます。外国の顧客(参加企業)ともテーマについてよく話します。加えて、テーマや戦略がフレキシブルに変えられるシステムを作ったことも成功要因の1つです。例えば、微細化技術がICチップの価値を決めた(差別化できた)時代から、機能やユーザーエクスペリエンスが価値を決める時代に移ると研究テーマもすぐに変えます。かつては微細CMOSに注力していましたが、ここ数年はワイヤレス設計やバイオテクノロジー、GaN/SiCなどの新材料開発へとシフトしています。常に時代の大きな流れ、すなわちメガトレンドを見ながら研究テーマを修正していくのです。

図2 IMECのCEO Luc van den Hove氏

2011年にIMECを訪問した時、細胞やウイルスをチップ上に載せたり、バイオ関係の研究を始めたりしていました。話を伺ってみると、van den Hove氏は「がん治療に対して半導体技術者は何ができるか」がIMECの命題であると述べました。つまり、これまで半導体と医学や治療とはほとんど関係がありませんでしたが、今までの医療では救えなかった患者の疾患を半導体技術で治そうと考え方を変えてきています。残念ながら日本ではまだこういった意識が半導体メーカーや研究所にはありません。医療という命題は世界的なメガトレンドの1つです。ここにIMECが行うべきテーマがあると判断したのです。

IMECのフレキシブルなテーマやビジネス戦略に対する姿勢は、日本の顧客に対しても当てはまります。2014年11月に日本でITF(IMEC Technology Forum)というコンファレンスを開き、日本企業への参加を呼びかけました。IMECは本来、半導体研究所です。しかし、日本の半導体企業では、東芝、ルネサス、ソニーくらいしか世界のトップ20社に入ってこなくなりました。かつてと比べて半導体産業が弱体化したことは否定できません。従来、半導体製造が強かった日本の半導体産業は、ファブレスやファブライトにシフトしています。では、どのような企業の参加を望んでいるのでしょうか。

図3 2014年のIMEC Technology Forumで講演するLuc van den Hove氏

 会場でvan den Hove氏にインタビューして聞いてみた所、日本が強い製造装置や材料など、半導体サプライチェーンにいる企業と、日本のシステム企業への参加を望んでいます。もはや半導体企業ではありません。サプライチェーンでは材料メーカーやもっと多くの装置メーカーの参加を望み、システムメーカーでは医療機器やクルマメーカーの参加を望んでいます。こういった分野では日本は世界に負けない強さを誇ります。これは、半導体の応用分野が拡大し、医療機器やクルマなどにも広がってきた裏返しでもあります。

 IMECは、研究とビジネスとは一体化したものと考えています。例えば、日本の研究所や大学からスピンオフして起業したという例はほとんどありませんが、IMECからスピンオフして起業した会社は28社あり、数千人の雇用を獲得した、と述べています。ただし、有望な企業は買収されます。既に11社のベンチャー企業が買収され、華為技術やARM、Synopsysなどの一部門になっています。

 国内のコンソーシアムの方々がIMECへ行って、なぜ成功したのかという質問を10年以上も前からしていました。帰国した技術者はそのサクセスストーリーを上司に報告したはずに違いないのに、コンソーシアムは成功できませんでした。なぜでしょうか?日本は良い点を「見習う」という基本的な謙虚な姿勢を忘れたのではないでしょうか。

Profile

津田建二(つだ けんじ)

現在、フリー技術ジャーナリスト、セミコンポータル編集長。

30数年間、半導体産業をフォローしてきた経験を生かし、ブログや独自記事において半導体産業にさまざまな提言をしている。




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アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2015年5月31日


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