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モーター制御用エンコーダに向けて、性能と信頼性を強化した通信用ソリューションアナログ回路設計講座(18)

FAシステムにおいて、ロータリー・エンコーダは、位置と速度の計測するためだけでなく、システムの診断やパラメータの設定といったことに利用されるケースが増えている。そこで、エンコーダと産業用サーボ・ドライバ間の通信が重要になっている。今回は、そうしたモーター制御用エンコーダのデータ通信を厳しい環境下でも行える性能と信頼性を強化した通信用ソリューションを紹介する。

» 2018年05月14日 10時00分 公開
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 産業用オートメーション・システムでは、ロータリー・エンコーダがよく使われます。この種のエンコーダを、電気機械の回転軸に接続することにより、フィードバック制御システムを実現するというのが典型的な例です。当初は、ロータリー・エンコーダは、位置(角度)と速度を計測するために使われていました。しかし、現在ではシステムの診断やパラメータの設定といったことに利用されるケースが増えています。図1に示したのは、ACモーターのクローズドループ制御に使用するシグナル・チェーンです。RS-485に対応するトランシーバーとマイクロプロセッサを使用し、マスターとなる産業用サーボ・ドライバと、スレーブとなるアブソリュート・エンコーダ(ABSエンコーダ)の間のインターフェースを構築しています。

 サーボ・ドライバとABSエンコーダの間は、RS-485の通信リンクで接続されています。通常、この部分には、最高で16MHzの高いデータ・レートと伝搬遅延を小さく抑えることが求められます。RS-485では、ケーブル長は最長50mですが、150mまで延長できる場合もあります。モーター制御用のエンコーダ・アプリケーションでは、厳しい環境下でデータ通信を行うことになります。なぜなら、電気的ノイズや長いケーブル長がRS-485の信号のインテグリティ(品位)に影響を及ぼすからです。本稿では、アナログ・デバイセズの製品を使って構成したモーター制御システムによって得られるメリットについて説明します。使用する主な製品は、データ・レートが50Mbps(25MHz)のRS-485対応トランシーバー「ADM3065E」と、ミックスド・シグナルに対応する制御用プロセッサ「ADSP-CM40x」です。

図1:ACモーターのクローズドループ制御を行うための回路。RS-485を使用して、ABSエンコーダ(スレーブ)とサーボ・ドライバ(マスター)の間のインターフェースを確立します。

 ADM3065Eは、モーター制御用のエンコーダが使われる過酷な環境でも確実に動作するように設計されています。ノイズに対する耐性とIEC 61000-4-2で規定された静電気放電(ESD)にも耐えられるだけの堅牢性を兼ね備えています。

ノイズ耐性

 RS-485における信号の送受信は平衡型/差動型で行われます。そのため、本質的にノイズに対する耐性は低くはありません。システムのノイズは、RS-485のツイストペア・ケーブルにおいて、各ワイヤに対して均等に加わります。各ケーブルは互いに対称な信号を送出するので、RS-485のバスに加わる電磁界は相殺されます。そのため、システムの電磁妨害(EMI)が軽減されます。また、ADM3065Eではバスの差動電圧を2.1Vに高めることができるので、通信におけるS/N比を向上させることが可能です。ADM3065Eの信号に絶縁を施したい場合には、「ADuM141D」を使用するとよいでしょう。ADuM141Dはアナログ・デバイセズのiCoupler®技術を採用したクワッドチャンネルのデジタル・アイソレータです。最高150Mbpsのデータ・レートに対応できるので、50MbpsのADM3065Eと問題なく組み合わせられます(図2)。デバイスの電源または入力ピンに注入されるノイズを除去する能力を示す指標に、DPI(ダイレクト・パワー・インジェクション)があります。ADuM141Dで採用されている絶縁技術については、IEC62132-4規格が定めるDPI法によってテストを実施済みです。ADuM141Dのノイズ耐性は類似する製品よりも優れています。同ICはあらゆる周波数に対して優れた性能を示しますが、他の絶縁製品では200MHz〜700MHzの周波数帯でビット・エラーが発生することがあります。

図2:RS-485対応トランシーバーの信号の絶縁方法。データ・レートは50Mbpsです。これは、接続の一部を省略した簡易図です

IEC 61000-4-2のESD規格への対応

 RS-485の露出されたコネクタと、エンコーダとモーター・ドライバをつなぐケーブルでは、ESDが発生する可能性があります。これは、システムに障害が生じる一般的な要因だと言えます。IEC61800-3は、可変速電気駆動システムにおけるEMC(電磁両立性)の要件に関連するシステム・レベルの規格です。同規格は、最低でもIEC 61000-4-2で規定されたESD保護に対応することを求めています。IEC 61000-4-2では、接触放電については±4kV、気中放電については±8kVに耐えられるようにすることを規格として定めています。ADM3065Eは、±12kVの接触放電、±12kVの気中放電に耐えられるように設計されています。つまり、IEC 61000-4-2で定められたESD保護の規格を上回る性能を備えているということです。

 図3は、IEC 61000-4-2の規格から引用したものです。8kVの接触放電による電流の波形と、人体モデル(HBM:HumanBodyModel)による8kVのESDの波形を比較しています。この図から、2つの規格がそれぞれに異なる波形とピーク電流を規定していることがわかります。IEC 61000-4-2の8kVのパルスによるピーク電流は30Aです。それに対し、HBMによるESDでは、それに相当するピーク電流は1/5未満の5.33Aとなります。

 もう1つの違いは、最初の電圧スパイクの立上がり時間です。IEC 61000-4-2のESD規格で定められた波形では立上がり時間はわずか1ナノ秒です。これは、HBMによるESD波形の10ナノ秒と比べてかなり短いと言えます。IEC規格のESD波形に関連する電力量は、HBMのESD波形よりもかなり大きくなります。HBMのESD規格では、テストの対象となる装置に対してプラス側で3回、マイナス側で3回の放電を行うと定めています。それに対し、IECのESD規格では、プラス側で10回、マイナス側で10回の放電を行うよう求めています。上述したように、ADM3065Eは、IEC 61000-4-2のESD規格を上回る性能を備えています。そのため、HBMのさまざまなレベルのESDに対応可能だとうたっている他のRS-485対応トランシーバー製品に比べて、過酷な環境での動作により適していると言えます。

図3.IEC 61000-4-2のESD規格とHBMのESD規格の比較。両規格に基づく8kVの波形を示しています。

通信プロトコル「EnDat」の概要

 エンコーダを使用する場合には、EnDat、BiSS、HIPERFACE、Tamagawaなどの通信プロトコルが使われることになります。それぞれの通信プロトコルは異なるものですが、実装については類似点があります。これらのプロトコルのインターフェースは、双方向、シリアル型で、RS-422またはRS-485の電気的仕様に準拠しています。ハードウェアのレイヤには共通点がありますが、各プロトコルの実行に必要なソフトウェアはそれぞれに異なります。通信プロトコル・スタックとアプリケーション用のコードは、どちらも各プロトコルに固有のものになります。本稿では、EnDat 2.2のマスター側のハードウェアとソフトウェアの実装に着目することにします。

遅延の影響

 遅延は2種類に分けられます。1つはケーブルによる伝送で発生する遅延です。もう1つは、トランシーバーで発生する伝搬遅延です。ケーブルで生じる遅延は、光速とケーブルの誘電率によって決まります。一般的には6ナノ秒/m〜10ナノ秒/mとなります。全体の遅延がクロック周期の1/2を超えると、マスター‐スレーブ間で通信を行うのは不可能になります。その場合、設計者の対応としては以下の選択肢が存在することになります。

  • データ・レートを下げる
  • 伝搬遅延を低減する
  • マスター側に遅延を補償する仕組みを導入する

 上記の3つ目の選択肢は、ケーブルによる遅延とトランシーバーによる遅延の両方を補償するというものになります。そのため、システムで長いケーブルを使用しつつ、高いクロック・レートで確実な動作を実現したい場合には非常に有効な手法になります。

 ただ、この手法には欠点もあります。それは、遅延を補償する仕組みを導入することによってシステムが複雑化することです。遅延の補償が不可能なシステムやケーブル長の短いシステムでは、伝搬遅延の小さいトランシーバーを使用することが有効な選択肢になります。伝搬遅延が小さければ、システムに遅延を補償する仕組みを導入することなくクロック・レートを高めることができます。

マスターの実装

 マスターの実装は、シリアル・ポートと通信プロトコル・スタックから成ります。エンコーダのプロトコルは、UARTのような標準ポートには対応していません。そのため、ほとんどの汎用マイクロコントローラが備える周辺回路は使用できません。そこで、FPGAのプログラマブル・ロジックを使う方法が有力な選択肢になります。FPGAにより、ハードウェアにおける専用の通信ポートを実装するということです。その場合、遅延の補償といった高度な機能を同時に実現することもできます。FPGAを使用する方法は柔軟性が高く、個々のアプリケーションに適応させることが容易です。ただし、この方法には欠点もあります。汎用のマイクロコントローラと比較すると、FPGAは高価で消費電力が多く、市場投入までにより長い時間が必要になります。

 本稿の例では、モーター制御ドライバ用のプロセッサであるADSP-CM40xを使用して、EnDatに対応するインターフェースを実装します。ADSP-CM40xは、PWM(パルス幅変調)タイマーや、A/Dコンバータ(ADC)、SINCフィルタといったモーター制御用の周辺回路のほか、柔軟性の高いシリアル・ポート(SPORT)を備えています。

 SPORTを使えば、EnDatやBiSSのようなエンコーダ用のプロトコルなど、数多くのプロトコルをエミュレーションすることができます。ADSP-CM40xは豊富な周辺回路を備えているため、高度なモーター制御に使用できます。また、それ単体でエンコーダに対するインターフェースを構築することも可能です。つまり、FPGAを使わなくて済むということです。

テスト用の構成

 図4に、EnDat 2.2のテストを行うための構成を示しました。EnDatのスレーブとなるのは、EnDatに対応するエンコーダ(ENC1113)を軸に据え付けたKollmorgenの標準的なサーボ・モーター(AKM22)です。エンコーダは、3対のワイヤ(データ、クロック、電源)によってトランシーバーの基板に接続されています。EnDatのPHY(物理層)上には、エンコーダ用の2個のトランシーバーと電源があります。トランシーバーの1つはクロック用、もう1つはデータ・ライン用に使用されます。EnDatのマスターは、ADSP-CM40xの標準的な周辺回路とソフトウェアによって実現します。送信ポートと受信ポートとしては、柔軟性の高いSPORTを使用しています。

図4:テスト用の構成

 EnDatのプロトコルは、長さが異なる多くのフレームで構成されます。しかし、それらのフレームは、図5に示すように、すべて同じシーケンスに基づいています。まず、マスターがスレーブに対してコマンドを発行します。それを受けてスレーブはコマンドを処理し、必要な演算を実行します。最後に、スレーブは結果をマスターに送り返します。

図5:EnDatの送受信シーケンス

 送信用のクロック(TxCLK)はADSP-CM40xによって生成されます。システムで生じる遅延により、エンコーダからのデータは、プロセッサに戻る際には送信用のクロックとは位相の異なる信号になります。伝搬遅延tDELAYを補償するために、プロセッサは、送信用のクロックよりもtDELAYの分だけ遅れた受信用のクロック(RxCLK)も発行します。伝搬遅延の補償には、スレーブから受信したデータと同じ位相の受信用クロックを適用します。

 EnDatのプロトコルでは、通信を行っている際にはエンコーダに対してクロックを供給しなければならないと規定されています。ただ、プロセッサからのクロック信号は連続して送信されます。他のすべての期間は、クロック・ラインをハイに保持しなければなりません。

 これに対処するために、プロセッサによってクロックのイネーブル信号CLKENを生成し、それをADM3055Eのデータ・イネーブル・ピンに入力するようにしています。厳密に2クロック(2T)分の時間が経過した後、マスターはTxDATAに対してコマンドを出力し始めます。

 コマンドの長さは6ビットで、その後に2個の0(ビット)が続きます。トランシーバーを介してデータの方向を制御するために、プロセッサは、送信中はTxEN/RxENをハイに設定します。

 スレーブが応答の準備を行う間、システムは待ち状態に移行します。このとき、マスターはクロックを供給し続けますが、データ・ラインは動きを停止します。スレーブの応答の準備ができたら、データ・ラインの受信データはハイに設定され、応答がその後すぐに送られます。nビットの応答を受け取った後、マスターはCLKENをローに設定することによってクロックを停止します。同時に、ENCCLKをハイに設定します。データ・フローは半二重で、統合されたデータ・ライン上のトラフィックはENCDataとして示されます。

テストの結果

 図6に示したのは、EnDatに対応するシステムのテスト結果です。このテストではクロック周波数を8MHzとしました。遅延の補償は受信クロックの位相をシフトすることによって実現します。いちばん下の信号は、EnDatのマスターからのコマンドです。この例では、「sendposition(位置の送信)」というコマンドが使われています。2個の0の後、6個の1が送られ、2個の0で終了します。コマンドの長さは全体で10ビットです。エンコーダからの応答は上から3番目の信号です。上から2番目は、統合されたデータ・ラインの信号です。いちばん上の信号はエンコーダに供給されたクロックです。

図6:EnDatによるデータのやりとり

著者紹介

 Jens Sorensen(jens.sorensen@analog.com)はアナログ・デバイセズのシステム・アプリケーション・エンジニアです。産業用アプリケーション向けのモーター制御ソリューションを担当しています。制御用のアルゴリズム、パワー・エレクトロニクス、制御用のプロセッサに関心を持っています。現在は産業用アプリケーションに注力していますが、以前は家電製品や車載用途向けのモーター制御やパワー・エレクトロニクスに関する開発に携わっていました。


 Richard Anslow(richard.anslow@analog.com)は、アナログ・デバイセズのプロダクト・アプリケーション・エンジニアです。産業用アプリケーション向けの絶縁インターフェース・ソリューションを担当しています。産業用オートメーション、エネルギー、航空宇宙/防衛アプリケーションなどで使用される通信用インターフェースや絶縁技術に関心を持っています。アイルランドのリムリック大学で学士号と修士号を取得しています。


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提供:アナログ・デバイセズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2018年6月13日














































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